天才に恋をした
入学の手続きをしに、リーグブルへ戻った。

母ちゃんと苗は先にアパートへ帰り、俺だけ春一と会うためにユングロフトの近くにあるカフェへ向かった。


「おう」

「久しぶり」


思ったより、元気そうだ。


「おめでとう」

春一が言った。

一瞬、言葉が出なかった。



「そんな顔しないでいいから。必要とされるところへ行くよ」


穏やかな顔してる。



春一は、ワッダーパーク大学からスカウトが来なかった。

その代わり、スカウトされた日本の私立大学へ入学する。



「春一は帰らなかったのか?」

「うん、ヨーロッパ中バックパッカー」

「お、いいな」

「ツマと新婚旅行しないの?」

「瀬戸内海を回ったよ。サイコーに良かった。メシもウマイ」

「分かる。コッチにいるとね。あそこは世界一綺麗だ」




いよいよ帰る時刻になって、席を立った。

店を出ると、急に春一が言った。



「スカウトが来ないって、分かってたんだ」

「なんで?」

「諮問試験、失敗した」


春一は、前を向いて歩きながら淡々と話し出した。



「__あなたの病院に、女性が子供を抱えて飛び込んでくる。彼女は『敵が追ってくるから助けてほしい』と訴える。

やがて武装した集団がやってきて、病院を取り囲む。

『儀式にイケニエが必要だ。子供を渡せ。さもないと病院の人間を全て殺す』と脅される__」



春一が、大きく息を吐いた。



「何でもいいから、答えなきゃって思ったんだけどダメだった。答えはすぐに浮かんだんだけど、ホントウの答えが浮かんだ瞬間、ウソの答えが出てこなくなった」


歩みが少し早まった。


「二度と誰にも言わない。

真咲だけ、俺のウソとホントウを聞いてほしい。


ウソの答えは『要求を飲み、生き残り、助けを呼ぶ』………」




間違ってない。

俺と似た答えだ。





「ホントウの答えは……『もう死の近い、別の子供を差し出す』」





俺の歩みが止まった。

追い越す形になった春一が振り返った。



「悪魔だよね」

「春一……」

「こんなんで医者目指すんだよ。矛盾してるよ」



俺は首を振った。



「春一。俺は苗を見殺しにするって言ったよ」

「ツマを……?真咲が?ありえないでしょ」

「いや、そう言った。自分一人生き残って、虐殺の事実を訴えるって」



春一は疑った目で、俺を見た。



「ツマが死んじゃったら、どうするの?」


試験官と同じことを言う。


「共に生きるって言った。今までと同じように」

「そんなことって、できる?」

「そういう風にしか生きられない」




春一が目線を落とした。


「真咲は、共に生きるのがツマなんだからいいよ」


地面を蹴った。


「俺なんか、悪魔だよ?」



どう言っていいか分からない。


「話してくれて、嬉しいよ」

ようやく、それだけ言った。



「うん」

小さな声で、ハルイチがうなずいた。



その年、アジア人でワッダーパークからスカウトが来たのは、俺と苗、そしてシュエだけだった。


リーグブルの短い夏は、向日葵がドライフラワーになるように、乾いたまま終わりを迎えていた。



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