Sに堕ちる
「………え?」
一変したその声色に顔を上げれば、そこにはもう迅の姿はなく。
「ククク……」
その代わりに、すぐ真横から愉しそうな笑い声が聞こえてきた。
振り向けば、トイレから出てきた時と同じ体勢で煙草を吸っている迅がいて。
まるで私に見せ付けるかのように口から紫煙を吐き出している。
用無しと言わんばかりに揉み消された煙草が携帯灰皿の中へと消えていき、迅の視線が煙草から私に移動した。
「……な、に?」
此方を向いた迅の双眸はまるで血に餓えた肉食獣のように獰猛に揺らめいていて。
「一体、何がしたいの?」
「何って、壁ドンってやつをすれば堕ちるんだろ?」
「……は?」
不敵な笑みを浮かべながらポケットに右手を突っ込む迅に、私はポカンと口を開けた。
「さっき言ってただろうが」
「……っ」
にやりと口角を引き上げる迅にカァと熱を帯びる頬。
「お、堕ちる訳ないでしょ!?何も言われてないのに!」
憎たらしいその笑みに何か反論しないと負けなような気がして、思いついた言葉を適当に吐き出す。
「文句の多い奴だな」
まさか、それが自分の首を絞める事になるだなんて思いもせずに。