今の答え

 思いもしない輝の言葉に春凪の心は喜びでいっぱいになっていく。
 実力、人気ともに兼ね備えている輝に新人の自分がそう言ってもらえるなんて信じられないくらいだ。
 隠しきれない嬉しさを笑みに変えて返すと、輝が目を見開いて横に顔を向ける。
 どうしたのだろうと首を傾げると、口元を手で隠した輝は何でもないと答えたのでそれ以上聞くことを止める。
 不思議そうな顔で見上げてくる姿に輝は自分の顔の熱をごまかすように一枚の名刺を鞄に入れていたケースから取り出して春凪に差し出して受け取らせた。

「俺のメールアドレスと電話番号がのってるから。何か仕事で困ったこととかあったら連絡して?」

「ありがとうございます……」

 ポカンとした顔でじっと名刺を見る春凪を笑顔で見ながら、輝は内心で言葉通りに受け取っているんだなと思う。
 少しくらい照れてくれるかなと思っていたがどうやら彼女は予想通りにはいかないらしく、ますます輝の興味をそそる。

「今日みたいにシチュエーションが分からない時も、俺でよければ壁に追い詰めるなり床に押し倒すなりしてあげるからね」

「そんなの恥ずかしくて頼めませんっ」

 鞄に名刺をしまった春凪は休憩時の光景が再び浮かんでかぁっと頬に熱が集まっていく。
 演技のためとは言えあのような心臓に悪いことはそうそう体験したくないと思いつつも、自分を覆う大きな体や吐息、慣れない香水の香りなどを色々な感覚が記憶していて、感じたことのない気持ちが生まれたことには気づいている。
 けれどそれは輝だからなのか、異性という存在の知らない一面を知ったからなのかは分からない。
 一方、ようやく照れてくれた春凪を満足そうに見つめる輝も、彼女に対して生まれた好意がどんなものに成長するのかは自分自身で分からない。
 それなら二人が思うことは同じ。
 分かるまで同業者としてつき合っていけばいい。今はそう答えを出したのだった。

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