キスは媚薬
キスは媚薬
屋上へ出る為の階段フロア
寒い今の時期に屋上へ上がる人なんていない。
人目を盗んで階段を上って行くと、そこには大好きな先輩。
石井 慎也が待ちかまえている。
階段を登りきると壁に押し付けられ、先輩の唇が私の唇を犯していく。
触れるキスから下唇をプルンと啄むと巧みに舌を使い、唇をこじ開けて進入してくる舌。
吸い付くように絡めとられ、歯列をなぞり唇を甘く噛みつく彼。
彼は、唇フェチなのだろうか⁈と思うぐらいキスを止めない。
呼吸も荒く、朦朧としてくるとやっとキスを止めて彼は満足気にいつも微笑む。
そして、わざとリップ音をたてキスをすると自分の唇についたリップを親指で拭う。
私は、彼とのキスに溺れ蕩けた顔をしているのに、表情を何一つ変えずに私の唇からはみ出たリップを同じように拭う彼。
彼とキスができなかった日が続くとイラついておかしくなる。
そんな時の彼は、意地悪くキスを求めてこない。
彼の心が読めないまま、私の心は彼に捉らわれてしまった。

森咲 花
就職して半年、まだ彼氏の1人も出来ずバージンのまま今日23歳の誕生日を迎えました。
そして、誕生日なのに会社の付き合いで飲み会に参加中‼︎
どうして彼氏ができないのだろう⁈見た目は、悪い方とは思わない。顔は好みがあるだろうけど、細身の158㎝の身長にDカップの胸、お尻も程よく肉がついていてどちらかといえば、モテる。
いや、下心のある男達は簡単にやれる女だと思って近づいてくる。
別に、将来の旦那様のために守っていた訳じゃない。ただ、この人ならって思う人に出会えなかっただけ…。
だが、この歳になると、さすがに男性経験0ですとは言えず、つい、見栄を張ってしまう。
だから、彼氏ができない。
「花ちゃん、今日誕生日なんだって⁈」
「はい。とうとう23歳になっちゃいました。」
「とうとうっていうほどの歳じゃないだろう。」
就職した時に誕生日までに彼氏を作ってバージンをあげると違ったのに…まだ、彼氏も出来ずバージンなんだから、とうとうです。あっという間に25になって気づいたら30歳のままバージン⁈ありえそうで怖い。そこまで行ったら化石だわ。
「石井先輩は、何歳ですか?」
彼、石井 慎也は私の意中の人。
「俺、26だけど、花ちゃんの彼氏は何歳⁈」
そう、彼氏がいると言った訳じゃないのに、見栄を張って嘘の体験談を女子会でしたものだから、気づけば彼氏持ちの経験豊富な女になってしまっていた。
彼に誤解されたままなのは本意じゃない。
彼が参加すると聞き、誤解を解くなら今日の飲み会しかないと思い参加したのだ。
「…………」
「黙っちゃってどうしたの?」
「…私…彼氏‥いませんから……」
「そうか、…誕生日なのにここにいるってことはそう言うことか‼︎」
彼氏がいないって伝わったよね。
「なにがそういうことですか?」
「いや…別に…。誕生日に1人って寂しいよね」
酔っている先輩の目は、潤んでいて妙に色気を振りまいている。
「はい…誕生日に彼氏がいないので寂しいです…(先輩、一緒にいてくれませんか?)」
好きな人にお祝いしてもらえたらどんなに素敵だろう⁈
「そんなに落ち込まなくても、花ちゃん
かわいいからすぐにできるよ。」
先輩は、勘違いしている。
私は、彼氏がいなくて落ち込んでる訳じゃないの…、先輩のように素敵な人に彼氏になってほしいの…そして、私の初めてをもらってほしい。
「そんな励ましなんていらないです。」
どうしたら、先輩にこの思いが伝わるの⁇
涙が頬を伝っていく。
この歳まで恋愛経験なんて、片思いぐらいしかない私には無理なの?
泣いている私を見て周りが、ざわつく。
「花ちゃん、飲み過ぎると泣き上戸になるみたいだね。少し、外で涼んで来ようか⁈」
大丈夫?と声をかける人達に、先輩が笑顔で返事をし、コートとマフラーを持ち泣き止まない私の腕を取り、外に連れ出す。
自販機で温かいお茶を買い、少し歩いた所に公園があった。
ベンチに座り、先輩が温かいお茶を手渡してくれた。
終始無言の先輩。
なぜ、黙っているのだろう⁈
「‥すみません。泣いたりしてご迷惑おかけしました。」
「……いや、俺の方こそごめん。無神経なこと言った。」
なにが…無神経なこと?
思い当たらない。
私は、ただ、励ましよりもあなたと恋愛をしてみたい…伝わらない思いに悲しくなっただけ…。
「そんな無神経だなんて‥先輩は励ましてくれただけじゃないですか⁈」
「いや…泣いてる花ちゃんに漬け込むつもりでいる。こうして連れ出したのも2人になりたかったから…って言ったら信じる⁈」
ウソ⁈本当に⁈
その言葉は、期待していいの⁈
涙がさらに出て、止まらない。
「泣くほど、嫌?」
覗き込む先輩。
ううん、ううん、違う。
先輩を見つめ首を横に振るだけで言葉が出てこない。
嬉しい…今日は、素敵な誕生日になった。
「花ちゃん、俺、ずるいとわかってるけど…チャンスは逃したくないんだ。」
全然、ずるくない。
ずるいのは、私だ。
今は、あなたにがっかりされたくないから、見栄を張ったまま、誤解を解こうと思わない。
でも、キスもまともにしたことがない私をあなたはどう思うだろう⁈
自然と触れた彼の唇。
突然の出来事に頭がついていかない。
こういう時は、どうするんだったけ⁇
パニックになってる頭の中を整理する。
経験は無くても知識だけはある。
いくつもの引き出しから、出した答えは
とんでもないものだった。
彼の首に腕を回し、触れるだけの唇に私は、自分から舌を差し入れ舌を絡めた。
驚き、眼を見張る彼。
私…もしかして間違えた⁈
一瞬、頭の中を過ぎった。
でも、その瞬間に彼の唇は、深く唇を貪る。逃げる舌に吸い付き、口を閉じることを許さない。
キスって、こんなに激しいの⁈
これが、ディープキスっていうの⁈
意識が霞み、フワッと宙に浮いた。
やだ…気持ちいい。
キスって、こんなに気持ちいいものなの‼︎
キスでこんなに気持ちいいなら、その先はどうなるの⁈
あなたとならその先に進みたい。
「花ちゃん、かわいい」
何度も、啄むキス。
「止めたくないな」
私の顎を指で少し上げ、下唇を親指でなぞり膨らみを確かめる彼。
「毎日、この唇に触れたい」
この日から、私と先輩とのキスの関係が
始まった。
この関係をいったいなんと言うのだろう⁈
キスをする関係だから、恋人未満友達以上になるの⁈
いつも、キスをすると2人の関係を確認できないまま夢中になり、どんどん彼にのめり込んでしまう。
彼とのキスは私を溶かし、考える力を奪っていく……触れたくて、もっと求めてしまう。


いつもようにデスクワーク。
(うーん)
手を伸ばし、背筋を伸ばす。
そろそろ、お茶の時間。
誰が準備をするとか決まっている訳じゃないけど、みんなに美味しいお茶を飲んで休息してほしいから大抵、私が入れている。
隣の部屋の給湯室で90度のお湯、湯呑みを温め急須にお湯を注ぎ、60秒。
緑茶を湯呑みに注いでスタッフに配っていく。
「ありがとう。ねぇ、最近の花ちゃん、肌の艶いいよね。彼氏できた?」
仲のいい同僚に冷やかされる。
彼とキスするようになって、女性ホルモンが出てきたのか化粧のりも良い。
恋をするとこれほど変わるのかと思う。
「もう、からかわないでください。」
彼とのキスを思い出し、頬を染める。
「だって、口紅もいつもきれいに塗って
リップペンで描いてるでしょう」
鋭い。
今までの私は、いつも直塗りで終わっていた。それも、色落ちしない口紅だから唇が荒れ艶のない唇だった。
でも、彼とキスするようになって、少しでも長く触れていたいと思ってほしいから口紅に変えた。
キスの後に彼の唇を拭う癖、そして、唇に触れる指。
彼の癖‼︎…その癖に欲情してしまうのだから……ふと、彼を視界に捉えるとなぜか、不機嫌そう。
目を合わせてもくれない。
「花ちゃん?どうしたの⁈」
「いえ、なんでもないですよ。口紅変えただけですから‥片付けて来ますね。」
給湯室に駆け込む。
シンクに手をつき、ため息をつく。
(はぁ〜)
「そのため息ってなに⁈」
低音のテノールが響く。
振り返ると開いた扉に寄りかかる彼がいた。
「別に、なんでもないです。」
あなたの態度に傷ついたって言えない。
黙々と急須を洗い、水きりカゴへ入れる。奥の壁にかけてあるタオルで手を拭き、振り返ると扉から数歩の距離を一気に縮められ、1人しか通れない縦並びの部屋では身動きが取れない。
「先輩‥‥あの、どいて下さい。」
なぜかわからないけど怒ってますよね。
私だって、怒っている。
肩を掴まれ、壁に押し付ける彼。
「ッ、痛い。」
「花ちゃん、彼氏できたの?」
はい⁈
どうしてそんなことを言うのだろう。
あなたが、彼氏じゃないなら誰が彼氏なの?
やっぱり、私にキスしてたのは遊びだったの⁈
あなたの唇と触れ合った素敵な時間は、積み木のようにガタガタと崩れてしまった。
唇を噛み締め、彼を睨む。
「先輩が彼氏じゃないなら、誰が彼氏なんですか?私には、いないってことですよね」
驚く彼の胸をつき飛ばす。
開いた空間に向かって、駆け出そうと一歩踏み出すと腕を掴まれ引き戻された。
その瞬間、彼の両手が壁につき腕の中に拘束される。
恐る恐る彼の目を見つめると前屈みの彼の顔が迫ってくる。
鼻先が触れ合う距離で問いかける彼。
「俺のこと好きなの⁈」
「………す…き‥んっ〜ん」
拘束される唇。
荒々しく塞ぐ唇が言葉を吸い込む。
「はぁ‥んっ‥ダメ‥‥んっ」
ここがどこかなんてどうでもいい。
言葉とは裏腹にもっと、もっと求めてしまう彼の唇。
襟にしがみつき、立っているのが辛くなる程、快楽へ導かれていく。
高揚する頬、火照る首筋に何度も唇が触れて漏れる声。
彼は、どうしたいのだろう?
一向にやめる気配のない彼を制した同僚の声。
「花ちゃん、仕事頼めるかな⁈」
慌てて距離をとる2人に、同僚は笑みを浮かべる。
「あっ、ごめん。お邪魔だった⁈」
「あっ、いえ。…今、行きます」
「そいつの用事終わってからお願いね」
手を振り、出て行った。
沈黙に耐えられず、彼の横を通り過ぎると前を塞ぐ右手。
『ドン‥』
「この唇、他の男に触れさせるつもりないからな」
硬直する私の唇を親指でなぞる彼。
キスしてる時も今も崩れない表情が憎らしい。
優しく触れるキスを唇におとし、頭を撫でて給湯室を出て行った。
完全に見られた現場‥彼のように澄まして出ていけない。
唇に触れた余韻に浸り、彼の真似をして同じように指でなぞっていた。
私を捉らえて離さないキスは、媚薬のように身体を熱くさせる。
もう、彼なしではいられない。
早く、私を求めて狂ってしまえばいいの
に…。
唇に塗った赤い媚薬が効くのはいつだろ
うか⁈
火照る頬を抑え必ず、彼のポーカーフェイスを崩してみせると誓う花だった。
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