キャッチ・ミー ~私のハートをつかまえて~
「何」
「えっと、スッキリしたお部屋ですね」
「おまえが来るって分かってたら掃除しといたんだが」
「いやそんな!今でも十分片づいてるし、キレイですよ!」と私がムキになって言うと、野田さんはクスッと笑った。

そんな野田さんを見て、また私はドキッとしてる。
でも、本当にこの部屋は十分片づいてるし、掃除だって行き届いている。

「じゃー洗濯するぞー」
「あぁはいっ」


間取りが同じだからか、うちと同じ場所に野田さんちの洗濯機はあった。
しかも乾燥機まである!

「洗濯物を干すのは、意外と手間がかかる。乾燥機で乾かせば、洗濯物を干す手間が省ける。それに梅雨時にこれがあると助かる」
「なるほど。確かにそうですね」
「それに俺、洗濯物を外に干すのは嫌なんだ。外観上見栄えがしねえって理由じゃなくて、自分がここで暮らしてるってのを、外にアピールしてるみたいに思えるのが嫌なんだよな」
「あ・・それ、分かる」
「特におまえは女だからな。女の一人暮らしだからといって、男もんのパンツをダミーに干してるヤツもいるが、そんな小賢しいマネしても、下着ドロには関係ねえ。とにかく、女の一人暮らしってのを外にアピールするな」
「あぁはい。私も外には干さない主義なので。それに私なんかの下着を盗む人、いないですよ」

室内に干しているから、一人暮らしでも洗濯はほぼ毎日している私だ。
「女の一人暮らしだから」というより、野田さん同様、「私が暮らしているとことを誰にも悟られたくない」という気持ちが強いから。
でも私の場合は、ただ世間から隠れたい、存在消していたいという思いがベースになっているから、そこは野田さんとは違うと思う。

野田さんの射抜くような視線を感じた私は、また俯いた。

あぁ、野田さんはまさに光で、私はまさしく影の存在だ。
いや、「影」というより「闇」と言った方がいいかも・・・。

「洗濯機はこっち。これ押したらオン、その下押したらスタート。なんかデリケートなもん、あるか」
「は?」
「シルクとかウールとか」
「いえっ、ないです」
「じゃあいつものエココースでいいな」

野田さんが「エコ」って言うのが似合わないようで似合ってる。
だからついクスッと笑いそうになるのを私はこらえたけど、顔はニコッとなってしまった。

「あとは・・洗剤入れるのはここ。俺、柔軟剤持ってねえから、入れたきゃおまえの入れといて」
「あ、はい」
「洗剤は俺の使っていいからな」
「あぁ、どうもすみません」

洗剤を持ってくることまで気が回らなかった私は、お言葉に甘えて、野田さんのを拝借することにした。
柔軟剤は持っているけど、そういうわけで今手元にはない。
でも、乾燥機をかけるなら、柔軟剤はなくてもいいだろう。
野田さんは普段、柔軟剤を使ってないみたいだし。

「じゃあ、入れて」
「・・・えっ?」

私はキョトンとした顔で、野田さんを仰ぎ見た。

野田さんの薄い唇が、少し上向く。
それだけで、私はハッと息を呑むくらいドキッとした。

「いれてって・・何を?」
「おまえの洗濯物に決まってんだろ」
「え?あ、ああぁ」
「ひーちゃんのパンツ見てもいいんなら、俺が入れるけど?」
「だっ、だめっ!絶対ダメッ!!」と私が全力で否定すると、野田さんはクスクス笑った。

「私の下着なんて、誰にも見せられるシロモノじゃないから!」

ホント、くたびれた下着なんて、特に野田さんには見られたくない!

こんなやりとりを野田さんとしていることが恥ずかしくなった私は、野田さんから視線を外した。
でも今度は、着古した紺色のTシャツに覆われた、野田さんの広く厚い胸板が視界にドンと入って・・・クラクラしそうになった。

「あー残念ー」と言ってる野田さんは、本当に残念がっているとは思えない。
むしろ、面白がってるような気が・・・。

でも私は、セクハラ的にからかわれたような不快感を全然感じなかった。



「洗濯は約1時間、乾燥は2時間半くらいで終わる。それまでひーちゃんはどうする?このまま俺んとこにいてもいいし、おまえんちに帰っててもいいよ」
「あぁっと・・・」
「俺が洗濯もんを乾燥機に入れてもいいが・・・おまえのパンツを見てもいいなら」
「だからダメです!って野田さんっ、舌打ちしないの!」

もう・・・。

私がハァとため息をついたとき、野田さんはまたクスクス笑っていた。

「えっと、とりあえずうちに帰ります。お掃除してる途中だったから」
「あ、そう」
「洗濯が終わる頃にまた来ていいですか?」
「もちろん。じゃあ後でな」
「はい。あ、野田さん?」
「ん」
「本当に助かりました。ありがとうございます」と野田さんにお礼を言うと、掃除の続きをしに、一旦隣の我が家に帰った。

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