キャッチ・ミー ~私のハートをつかまえて~
不器用にもがいて
部屋がそんなに広いわけでもないし、途中まで終わっていたこともあって、結局掃除は15分くらいで終わった。
もう少しここにいようかと思ったのは一瞬だけで、私はすぐに、隣の野田さんちへ行っていた。


リビングに入った途端、私は思わず両目をつぶって、ブラックコーヒーの芳醇な香りを堪能してしまった。
そんな私を、野田さんが見逃すはずがない。
野田さんから「コーヒー飲むか」と聞かれたとき、つられるように野田さんの顔を見た。

「あ・・はい。おねがいします」と私が返事をした頃には、野田さんはもうキッチンへ行っていた。

「砂糖とミルクは」
「お砂糖はいらないです。ミルク、じゃなくて、牛乳をいっぱい入れて欲しいんですけど」
「わりい。俺んち牛乳ねえわ」
「あ。じゃあうちから取ってきます」と私は言うと、隣の我が家へ牛乳を取りに行った。

隣って・・・便利だな。
なんて的外れなことを思った私は、冷蔵庫から牛乳を取り出すと、ふと目に入ったクッキーも、思いきって野田さんちへ持って行った。


ここは野田さんちだけど、腕を怪我している野田さんに、あれこれしてもらうのは悪いと思った私は、自分でコーヒーを淹れた。
でも・・・しまった。
決して広いとは言えないキッチンに、野田さんと二人でいるのは、かなり・・・居心地が悪い。

というか、緊張する。

私は野田さんの視線を感じつつ、「手を震わせない!」と自分に言い聞かせながら、置いてあった白いマグカップにコーヒーを注ぐことに集中した。

「うまそうなクッキーだな」
「えっ!と・・お口に合うかどうか分からないけど・・・」と私がつぶやいたとき、すでに野田さんは一つ食べていた。

「うめぇな、これ」
「ぁ・・そうですか。よかった、です」

ガッシリ体型で、いかつい顔した野田さんがクッキーを食べてる姿なんて、想像できなかったけど・・・実際目の当たりにすると、意外と合ってるっていうか・・・可愛いと思う。

え?可愛い???

「ん?何」
「あっ!と・・野田さんって甘いもの、食べるんですね」
「俺?食うよ。毎日ケーキは食わねえけどな」

と野田さんは言いながら、クッキーが入ったお皿を持ってリビングのほうへ移動し始めたので、私もマグカップを持って、野田さんの後ろをついて歩いた。

「これマジうめえ。もしかして、ひーちゃんが作ったのか?」
「ぁ・・・はぃ。」
「菓子作りが趣味なのか?」
「趣味というか・・・時々作ってる程度で。でも私の他に食べてくれる人がいないから、一度生地を作ってから消費するまで、結構時間がかかるんですけど。でも料理をしたり、お菓子を作ってる間は無心になれるから・・・好きな方だと思います」

別れた夫と仲が良かった頃は、よく友だちを招いて、手作り料理をふるまっていたっけ。
もう、ものすごく遠い昔の話というか、他人事のような感じでしか思い出せない。

私は遠い目をしながら、ソファに腰かけた。

「上手だな。マジうまいよ」
「・・・喜んでもらって、よかった」

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