キャッチ・ミー ~私のハートをつかまえて~
日曜日にシーツを洗わせてもらって、月曜日に野田さんは仕事へ行った。
どうやら野田さんのお仕事は、土日・祝日関係ないらしい。
私は月曜日の祝日まで仕事が休みだから、「月曜も洗濯機使っていい」と野田さんに言われたけど、鍵を借りて主が不在のお宅にお邪魔するのは、図々しすぎると思ったので断った。

今週まで出張がない野田さんは、言ったとおり、7時過ぎには帰ってきた。
でも、急に残業が入るかもしれないから、お互い連絡が取れる方がいいと野田さんに言われて、スマホの番号を交換したけど、結局一度も使われることはなかった。

仕事から帰ってきた後、野田さんは部屋着に着替えてうちに来てくれた。
「俺だと分かるように、続けて2回ブザーを鳴らす」という合図を考えてくれたのは、前、牛乳を返しに来てくれたときのように、私を驚かせないため。
とても優しい人だ。

野田さんは、鶏手羽の生姜醤油煮、きんぴらごぼう、ぶりの照り焼きといったおかずはもちろん、白いご飯にすら「炊き立てだ」と感激しては、おいしそうに食べてくれた。

そういえば野田さんは、左でも右でもお箸を持つことができる。
「元の利き腕は右だが、両方使える」らしい。
というのも、ご両親の勧めで、9歳の頃から野球を始めてから、ボールを投げたり取ったりといったことが、利き腕に関係なく、両方同じようにできたらいいと思ったそうで。

いかにも野田さんが考えそうで、しかもやり遂げそうなことだと思ったけど、子どもの頃は、人前に出ると、声が出なくなるくらいのあがり症で、すごく内気だったと言うから驚きだ。
でも、「ポジションがキャッチャーだったから、外野まで自分の声が聞こえるように声を出していたら、いつの間にか内気さを克服していた」らしい。

そうして野田さんのことを少しずつ知っても、前から作ってみたかったけど、小さな型で作っても、一人だと全部食べきるのに時間がかかるから、今まで作れなかったキッシュが作れたことは嬉しいと思っても、誰かのために料理をする楽しさを、久しぶりに思い出しても、私にとって野田さんは、相変わらず謎の隣人さんであることに、変わりなかった。





そして土曜日。
私は野田さんと一緒に、うちから一番近い家電量販店へ行った。
野田さんは仕事があるんじゃないかと思ったけど、今日と明日の日曜は、休みだそうだ。
もしかしたら、私に付き添うために仕事を休んだかもしれないと思うと、申し訳ないと思ったけど、それ以上に野田さんがついて来てくれたことに安堵している私がいた。

どうしようかと悩んだけど、ある便利さを知ってしまった以上、やっぱり欲しい。
ということで、乾燥機も買うつもりだ。
あぁ、給料日直前に、何万円も出費するのを止めといてよかった。
・・・ていうか、そういうことを考える私って、小心者だよね。
と心の中で苦笑しつつ、私は洗濯機を物色し始めた。

「うわぁ」
「何」
「洗濯機を買うのは・・・10年ぶりだけど、その間に洗濯機も進化しているなぁと思って」
「便利な世の中だよな。俺、時々インターネットについていけねえ時あるし」
「あ、分かります。私、いまだにエクセル使えないし」
「俺、ちょっと前までレコード買ってた気がする」
「ぶっ。それ・・・面白い、です」

こらえきれずに、私はクスクス笑ってしまった。
でも野田さんが言ったこと、私も同感だ。
取り残されたようにその場に留まっているような気がするくらい、世の中は、ものすごく速いスピードで変化していると思うときが多々ある。
こう考えるのは年を取った証拠かしら。
でも私、野田さんより2つだけ年下なんだけど。

そのとき、だんなさんと思われる男の人の隣に寄り添って歩く妊婦さんを見た私は、慌てて目をそらした。



< 21 / 56 >

この作品をシェア

pagetop