キャッチ・ミー ~私のハートをつかまえて~
疑惑の芽生え (野田和人視点)
「それじゃ」とつぶやいて、早々に自分ちへ入ろうとした聖の肘を、咄嗟に俺は掴むと、聖を俺の方に向かせた。
だが聖は頑なに俺の方を見ようとしない。

・・・いけね。また悪い癖が出ちまった。

事件の知らせを受けて現場へ行く前、すでにそのことで頭がいっぱいになる俺は、その場にいる人にはすげー冷たくなる。
それが原因でつき合いが終わったことが何度もあるし、つき合ってた女に何度「冷たい」と言われたことか。

俺は聖を抱きしめようとしたが、聖に「いやっ!」と言われた上に抵抗されてしまった。
だが、俺はまだ聖の腕を離さなかった。

「ひじり。ごめん・・・」
「いいの!ホントに・・・いいんです。私、すごく・・・ヘタだし。期待外れだったって分かってる。野田さんが私に幻滅するのは、分か・・・」

聖が体を一瞬緩めた瞬間を見計らって、俺は聖を引き寄せると、やっと抱きしめることができた。
それでも聖はただ突っ立ってるだけで、また体を強張らせている。

ったく。ひーちゃんを悲しませている俺は、完全なアホだ。

「俺、今仕事のことで頭いっぱいで、おまえのことを気遣う余裕が全然なくてさ・・・わりい。ごめんな、ひーちゃん。いい加減このクセ直さねえと、おまえに愛想尽かされるよな」と俺が言うと、聖は顔をふって否定した。

「・・・そんなこと、ないです」
「俺、おまえに幻滅してねえからな。絶対。昨夜はマジで・・・最高だった。あーっ、もっと気の利いたこと言えたらいいんだが、言葉が思い浮かばねえ。だから・・・」

俺は思いのたけを込めて聖にキスをすると、こいつはおずおずと応えてくれたことに、俺はひとまずホッとした。

「・・・和人さん、お仕事・・・」
「おう。メシは今度頼むな」
「はいっ。いってらっしゃい」と言ってくれた聖の声を背に、俺は足取り軽く階段を降りて行った。

また聖が俺の名前を呼んでくれたことに喜びを感じながら。

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