キャッチ・ミー ~私のハートをつかまえて~
これ以上
鬼塚(きづか)さんは、私をマンションまで送ってくれただけじゃなく、部屋の前まで一緒に来てくれた。

「いろいろとありがとうございました」
「ううん。それより、これ」と鬼塚さんは言うと、私に鍵を手渡した。

「これは・・?」
「野田から預かったの」
「あ・・・あの・・・」
「自分が戻って来るまで部屋で待っててほしいって。以上、野田からの伝言」と鬼塚さんに言われた私は、託された野田さんちの鍵と鬼塚さんを、交互に見た。

今の私、絶対困った顔してる。
だけど正直言うと・・・困ってるし。

「私ね、昔、姉の婚約者を好きになったの」
「は・・・ぁ」
「お互い惹かれあってることが分かったから、彼は姉との婚約を破棄して、私と結婚する道を選んでくれた」

・・・鬼塚さんが何を言いたいのか、さっぱり分からない。
だけど私は、そのまま話を聞くことにした。

「元々私のことが嫌いだった姉は、婚約者を奪われた腹いせに、その道のプロ集団に、私を誘拐しろと頼んだの。これが鬼塚グループ令嬢誘拐事件の真相。もう27年前の話だから、あなたは覚えてないかもしれないけど」
「いえっ・・・覚えてます」

鬼塚さんって、「鬼塚グループ」の・・・そっか。
日本でも有数のお金持ちのお嬢様が誘拐された事件として、その当時は大々的に報道されたんじゃなかったっけ。
でも、お姉さんのことまでは、報道されてなかったような気がする。

「誘拐されてた2日間、私は5人の男にレイプされ、左の小指を切られた。くっつきはしたけど、ピアニストとしての生命は絶たれてしまった。無事生きて戻ることはできたけど・・・あの時の私は、完全に生きた抜け殻状態になってた。セックスすることが怖くなったし、男の人に触れられることすら嫌だった。しかもね、私がレイプされてる映像を、当時警視庁捜査一課の刑事だった彼も観たの。自分の婚約者が誘拐された挙句、その事件を担当したら、実行犯は元婚約者だったなんて・・・このあたりの部分は、あまりにも“衝撃的”だから、表立って報道されてないはず」

どう言葉をかけたらいいのか分からなかった私は、ただ鬼塚さんの手を握ることしかできなかった。

この人はまだ、27年経っても傷を背負って生きている。
でもその傷は恐らく、死ぬまで背負い続けなければならないものなのかもしれない。

「私が生きて帰れたのは、姉が私を殺すなと指示していたから。なぜだか分かる?」
「いえ・・」
「生きながら毎日地獄の思いを味わせるため。あのとき死んでた方が良かったと思わせるため。正直、その思いから抜け出すまで、かなりの年月を要した。でも毎日そんな思いだけで生きていたら、それこそ自殺した姉の思う壺じゃない?」と鬼塚さんに聞かれた私は、コクンと頷いた。

「鬼塚さんは強いですね」
「強くないよ、私。セックスはいまだに苦手だし、極度のマスコミ嫌いだから絶対表には出ないし。でもそんな私を、当時の婚約者だった彼は、見捨てないでくれた。諦めないで、今も私と一緒に生きてくれてる。だから世界中のみんなが私のことを裏切っても、彼だけは決して裏切らないって思えるくらい、彼のことは信頼してるの。ちなみに今は夫だけど。結婚しようと約束してから実際結婚するまで、20年かかっちゃったけどね」

と言って屈託なく笑う鬼塚さんは、こんな・・・壮絶な経験をしたことがあるなんて想像つかないくらい、純真に見える。
でも本当は、ここまで壮絶な経験をしたからこそ、とても純真な笑顔ができるのもしれない。

「私があなたにこの話をしたのは、同情してもらうためじゃないのよ。あなたが野田に裏切られたとか、信じられないって気持ちを抱くのは、私も分かるって知ってほしかったから。きれい事じゃなくてね」
「はい」
「それに、あなたが野田に怒る気持ちも分かる。でも、もしかしたら野田和人という男は、あなたの人生を共に生きる相手かもしれない。私にとっては真(しん)さんがその人だったように。もちろん、野田とはもう二度と会わない、口きかない、で終わってもいい。でも、あなたにとってかけがえのない人にするチャンスを、野田とあなた自身に一度でいい、あげてもいいんじゃないかな」
「・・・はい」
「なーんて、偉そうなこと言っちゃったけど、どの道を選ぶのかはあなただってこと、忘れないでね。それから、施設の子たちにマフラー編んでくれてありがとう!みんな、すごく喜んでたわよ」
「あ・・そうですか。よかったです」

そういえば・・・そうだった。
「あの施設は上司が運営してる」って、前野田さんは言ってたから、つまり運営者は鬼塚さん、ってことだよね。

「来たかったらいつでもいい、施設に遊びに来てね。“みんなの家”って名前だから」
「はい。ぜひ」
「それじゃ」と鬼塚さんは言うと、帰っていった。




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