キャッチ・ミー ~私のハートをつかまえて~
喉が渇いた私はキッチンへ行くと、グラスを取り出して水道水を注ぎ、一気に飲み干した。

結局私が野田さんちへ行ったのは、鬼塚さんの話を聞いたからかもしれない。
でも・・・ひとりになると、私のことを疑っていたことに対する怒りがぶり返してくる。
裏切られたという気持ちも湧いてくる。
私にそんな仕打ちをした人を、また信じることができるの?信頼していいの?

私は「できるかっ!」と叫ぶと、手に持っていたグラスを壁に投げつけた。

それから何かのスイッチが入ったかのように、私は食器棚から次々とお皿を取り出しては、落として割る、という作業を繰り返した。
最初は淡々と。
そのうち、クスクス笑いながらお皿を地面に投げつけることで、鬱積していた思いを発散させた。




あーあ。こんなにたくさん、しかもわざとお皿を割るなんてもったいないこと、生まれて初めてしてしまった。

「野田さんに損害賠償請求されるかな。ま、いいけど。お皿とグラスくらい、弁償してやるわよ。その代わり、傷ついた私の・・・心、なんとか・・・してよ。うっ、うううっ」

気が済むまでお皿を割って、思いきり笑った後、私は、泣き疲れるまでその場で泣き続けた。




それからどれくらい経ったのか、よく分からない。
放心状態でそこに座り込んでいた私の目の前に、野田さんがいた。

「随分派手にやらかしたな」
「あぁ・・・野田さんが怪我しちゃいけないと思って電気つけっぱなしにしてました。いろいろもったいないことしてすみません。これ、後で片づけま・・」
「いい。俺するから。いいよ」

頬に触れようとした野田さんの手を、私はすぐ避けたので、行き場をなくした野田さんの手は、また元に戻った。

「犯人、逮捕した」
「・・・・・・野田さん、私のこと疑ってたから自分の職業言えなかったんでしょ」
「・・・4月から大学で教えるのは本当だ。期間限定でな。だが教えるのは犯罪心理学とプロファイリング。それから俺は、プロファイラーを育成するため、警視庁内で時々プロファイリングを教えている」
「ホント。“本職”じゃない」と私はつぶやくと、渇いた声で笑った。

私、さっきからずっと、一本調子で棒読みしてる。
なんか・・・心が空っぽで、それでいてボロボロになってる感じだからかな。

「ひーちゃ・・」
「だから年末以来、私を抱かなかったんでしょ。容疑者と深い関係に陥らないために。あなたはそうやって、私とキッチリ一線を引いてたのに、私は・・・あなたのこと、どんどん好きになって、は、はなしてよっ!離して!」

今度、野田さんは私の意見を聞かずに、有無を言わさず私を抱きしめた。
何だか・・・野田さんの方が私の温もりを必要としてるみたいだと思ったら、また私の目から涙が出てきた。

「俺は、やってないと思ってるヤツが犯人だった事件をたくさん見てきた。だから・・・ああ、確かにおまえのこと疑ってた。そして逆に、20年近くそんな事件ばかり関わってたからこそ、おまえはやってないと分かっていた。だがこの仕事をしてる以上、これからは絶対おまえのことを疑わないとは言いきれない」
「だっ、だったら、キスしたり、抱きしめてくれたり、弟さんに会せたり・・・もうたくさん!これ以上思わせぶりな態度取らないで!これ以上、私の心に・・・入り込まないで。これ以上・・・」と私が言ってる途中で、野田さんはキスしてきた。

私は抗うどころか、積極的に応えてしまった。

「これ以上、なんだよ」
「・・・好きに・・・野田さんのこと、好きになりたくない、のに・・・」

諦めの口調でそう言った私は、野田さんを引き寄せると、自分からキスをした。


私は野田さんを貪欲に求め、野田さんは私を一晩中貪った。
だけど5回目イったのを最後に、私の意識は途絶えた。



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