キャッチ・ミー ~私のハートをつかまえて~
射撃の練習を終えた俺は、弟の雄太んちへ行った。
末の弟の真吾が、惚れた女とゴタゴタしてることが分かったのが、10日前の奴の誕生祝いに会ったとき。
全く。久しぶりに会ったと思ったらこれだ。
それから真吾に相談があるから会いたいと言われたのが先週の話。
事件を抱えていた俺は、最悪時間が取れなかったら電話で話を聞くと答え、事情が分かってる弟は承諾してくれた。
幸い事件も解決し、ちょうど今夜時間が空いたので、真吾に今から会えるかと電話してみたら、今真吾は雄太んところにいる。
ということで、俺も途中参加することになったというわけだ。

雄太の嫁で義理の妹の恵美子ちゃんは、俺が来るのを見越していたのか、それとも育ちざかりの息子が2人もいるからなのか、ビーフシチューを大量に作ってくれていた。

「・・・その金はなっちゃんにあげるんだ。返してもらおうとは思うなよ」
「分かってる。いくらくらいあげたらいい?」
「多くても札束一つ」
「うわっ!ってことは100万円!?俺ほしい!」とわめく雄太を、俺と真吾と恵美子ちゃんは睨みつけた。

「だがそれも多いかもしれねえ。札束ってのは意外とかさばるし、重いからな。あくまでもヘソクリとして持たせろ。だんなはもちろん、誰にも見つからないところに隠せて、いざというとき片手で掴んで持てる量、それが目安だ」
「分かった」
「あとこれ。なっちゃんにあげとけ」と俺は言うと、俺の名刺を真吾に渡した。

「何かあればいつでも電話してもらっていい。俺じゃなくても誰かに対応させる。だが俺が刑事として動くことはできるのは、事件になってからだということは分かってるよな?」
「・・・おう。やっぱさー、俺も一緒に行った方がよくねえか?」
「だめだ」
「いつ離婚が成立するのか分かんねえんだろー?それまで真ちゃんは仕事休んで、ずっとなっちゃんと一緒にいられるのか?」
「逆にすぐ離婚できるかもしれねえじゃんか」
「おまえから話を聞いた限り、その可能性は低い。だんなはなっちゃんに惚れてはいるようだが、世間体や体裁を気にしている節がある」
「バツイチはいけない、みたいな?」
「ああ」
「俺はすでにバツイチだぞ!」と真吾は言うと、髪をグシャグシャにかき乱して、テーブルに突っ伏した。

末の弟の、本気の恋ゆえにもがく姿が可哀想であり、同時に可愛いとも思った俺は、真吾には悪いと思いつつ、つい顔に笑みを浮かべた。

「まだ体の一線越えてなくても、おまえとなっちゃんの心はすでに結ばれてる。だんなはなっちゃんに惚れてるからこそ、おまえの存在が分かれば、意地になって別れようとはしないだろう」
「お気に入りのおもちゃを取られたくない、みたいなもんか」
「そういうこった」
「ぐ・・・っそー」
「なっちゃんのことが本気で好きなら、ここは辛抱のしどころだ」
「わーってる」
「晴れてフリーになったら、ここに連れて来いよー」と呼びかけるように言う雄太に、真吾はテーブルに突っ伏したまま「おうよ」とつぶやいた。

「ところで、和兄ちゃんのほうは?あれから進展あった?」と興味津々に聞いてきた雄太に、俺は「ねえなー」と完全な他人事の声で答える。

こういう仕事をしていると、女とつき合うのは難しい。
いや、つき合いを「続ける」ことが難しい。
事件のことは口外できねえし、俺の場合は家を留守にしていることが多いし。
3ヶ月前までつき合ってた彼女とは、一応同業者で、しかも遠距離だったが、結局それが理由であっちから別れを切り出された。
ま、いつものパターンだ。

結婚とか子どもとか、雄太んとこみたいな「幸せな家族」ってーのは、俺には完全に無縁だよな。

「まさか人妻!?」
「違う」

古賀と一度だけ寝た・・・あれはもう5年前の話だが、あのときあいつは離婚した直後で、他に好きな男(ヤツ)はいなかった。

「まさか男!?」と聞く雄太の脇腹を、俺はどついた。

「ぐはっ!かずにー、いたいす・・・」
「俺はそっちに興味ねえよ」

・・・別に俺は性欲強い方じゃねえと思うが、「凶悪犯」や「異常者」と呼ばれる奴らと接していると、柔らかい女の肌がむしょうに恋しくなるときがある。
犯人から殺されそうになったり、犯人を撃ったときは、生きてるという実感がむしょうに欲しくなる。

だが、いくらセックスしたいと思っても、お互い合意の上でするというのはもちろん、人妻と寝たことは一度もないし、“プロ”を相手にしたこともない。
これらは安全で楽しく、その上でお互いの性欲を発散させるために俺が守っている「ルール」だ。
とにかく、兄弟でそこまで明け透けな話はしねえし、俺は兄弟の中で一番モテねえのは確かだが、抱いた女の数は、この中で一番多いと思う。


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