裏腹王子は目覚めのキスを
 
そもそも、仕事を探すという条件でトーゴくんはわたしをあのマンションに置いてくれたのだ。

仕事がまったく決まらず、なおかつ結婚するなんて話になれば、トーゴくんにとってはまったく意味のないお荷物を背負い込んでいるだけということになる。
 

ガラス窓に映るサラリーマンのおじさんを、見るともなく見ながら、ぼんやり思った。
 
実家に戻ろうか。
 
その瞬間、脳裏に食卓を囲む賑やかな家族の姿が浮かんだ。
お父さんとお母さんと桜太。それからみのりちゃん。
 
頭上の蛍光灯が一瞬、閃光のように輝いたようだった。
 
ごちゃごちゃと荷物が詰まった頭の中から、ひとつふたつ、積まれていた箱が消える。
 
そうだ、実家に戻ればいいんだ。
 
それが一番自然な形だと思った。
 
両親にも、結婚の話をきちんと伝えなければならないし。
お嫁に行くのなら、実家から家族に見送られる形で出るべきだ。
 
芯を抜かれて吊革にもたれかかるようだったわたしの身体に、力が戻ってくる。つま先を開き、しっかりと床を踏みしめた。
 
トーゴくんだって、わたしがいつまでもあの家にいたら、いい加減迷惑なはずだ。
 
部屋を片付けるという、最初にわたしが課されたミッションは、はじめの二週間で完了したはずだった。それ以降の滞在は、意味のないただのおまけだ。
 
わたしがいたら、トーゴくんだってきっと自由な恋愛をできない。
 
王子様が結婚を考えているという女の人も、絶対にわたしのことをよく思わないはずだ。

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