裏腹王子は目覚めのキスを
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混みあった電車に揺られながら、ぼんやりと窓の外に目をやる。
流れていく景色は暗く、蛍光灯に照らされた車内を鏡のように映しだす。
吊革につかまったわたしは、電車の動きに合わせて左右の人と同じリズムで揺れていた。
サラリーマンの疲労した気配が充満しているせいか、わたしの顔もなんだか疲れて見える。
足が、重い。
気が付けば、ため息ばかりついている。
……あのマンションに、帰りたくない。
口喧嘩をしてから、トーゴくんとはまともに話をしていなかった。
朝食はこれまでのようにしっかりと用意するし、彼の帰宅が早い日には夕食もきちんと作って一緒に食べる。
けれど、お互いに食事中の会話は当たり障りのない内容に留めていたし、わたしは家事が一通り終われば、自室に引っ込んでしまうことが多かった。
一緒の家に暮らしていても、顔を合わさなければ話をする機会もない。
結婚のことも、旅行のことも、結局まだトーゴくんに言えないでいる。
健太郎くんはどんどん話を進めていくのに、わたしはまるで他人事みたいにそれを眺めてばかりだった。
当事者なのに全然実感が湧かなくて、それもトーゴくんに言えない理由のひとつかもしれない。
でも、いつまでもそうしているわけにはいかない。
トーゴくんに何も話さないまま、のうのうとあの家で過ごすわけにはいかなかった。
健太郎くんのマンションに身を寄せられないのなら、わたしは都内にいるべきじゃない。