裏腹王子は目覚めのキスを


「Hey now!」
 
耳に入った声に、わたしは出しかけた言葉を引っ込めた。
 
風に運ばれてくる波の音に、混じって聞こえた声。
 
空耳かと思った。
 
あまりにも似ていたから。
 
こんなところに、いるわけないのに――。
 
そして次の瞬間、

「ったく! 待ってろって言っただろうが!」
 
確かに聞こえて、わたしは立ちすくむ。 

鼓動が加速する。

砂を踏みしめて近づいている足音と、苛立たしげな声。

「ほんとに世話の焼ける……」
 
おそるおそる振り返ったわたしの目に、砂浜を歩いてくる彼の姿が映る。
 
声にならなかった。
 
ジャケットは脱ぎネクタイもしていないけれど、砂浜でのスーツ姿はとても目立つ。
その手にはキャリーバッグを引きずっていて、キャスターも革靴も砂で真っ白だった。

「あーもう」と途中でキャリーバッグを放り出し、彼は歩きにくそうにこちらへ向かってくる。
 
予期せぬ闖入者に儀式は中断され、牧師も、カメラマンも、健太郎くんもぽかんと立ち尽くしていた。
 
わたしだって、わけがわけがわからない。

「トーゴくん……?」
 
ようやく口にすると、わたしたちの正面で立ち止まった王子様は、唇の端をいたずらっぽくつり上げた。




「奪いにきてやったぞ、バカ子」





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