裏腹王子は目覚めのキスを


「I do.」
 
牧師の男性は静かにうなずくと、わたしに目を向ける。

「Wakako」
 
名前を呼ばれて、反射的に背筋が伸びた。

「Do you take this man Kentaro to be your lawfully wedded husband?」
 
健太郎くんを、夫とすることを誓いますか――?
 
胸が震える。
 
新郎へ向けられたのと同じセリフが延々と唱えられ、最後の言葉と同時に、わたしに視線が集まる。
 
牧師の男性は、じっとわたしを見つめたまま待っている。

『I do.』と答えること以外、許されないという厳格な顔で。
 
海から吹きつける風が、カーテンをはためかせ、ドレスの裾をさらう。

空気中に無数の針が溶け込んで、黙ったままのわたしをちくちくと刺激する。
 
何をしているんだ、という目で、牧師の男性はわたしを見ていた。
 
動悸がおさまらない。
 
とにかく、答えてしまえばいいのだろうか。
 
法的に効力がないのなら、この式を挙げたところで、健太郎くんと結婚することにはならない――?
 
意を決して口を開いた。

「あ――」
 
そのとき、

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