裏腹王子は目覚めのキスを
「なんですか、あなたは?」
健太郎くんの冷静な声が、潮風にさらわれていく。
午後になって、人のいなかった砂浜にちらほらと観光客の姿が見えはじめていた。
ウェディングアーチの下で、牧師もカメラマンも事態が呑みこめないという顔をしている。
式の続きを始める気配もなければ、突然現れたトーゴくんを取り押さえようという気もないらしく、ふたりは興味深そうに事の成り行きを見守っている。
トーゴくんはどこか不貞腐れたような表情でわたしを見てから、健太郎くんに視線を移した。
「俺はこいつの保護者ですよ。今はまだ、ね」
彼の言葉に、健太郎くんがわたしを振り返る。
こんな場面でさえ、その顔には感情がない。物言わぬ目の迫力に、わたしは思わず身体を引いた。
「羽華子、どういうこと?」
「え、と……」
男性ふたりの視線を感じながら、言葉に詰まる。
そのとき、わたしに向かって右手が差し出された。
「選べ、バカ子」
「え……?」
強くなってきた風に巻き付かれながら、トーゴくんと目が合う。
アーチを飾る白いカーテンが生き物のようにはためいて、王子様を包み込もうと手を伸ばしているみたいだった。
「悪いが俺は、お前の好きな三流ドラマみたいに、新婦の意思を確認しないまま連れ去るなんて真似はしねえ」
王子様の微笑みも、照れ隠しの不機嫌さもない、心をあらわにした真剣な表情で、トーゴくんは言う。
「その男を振って、この手を取るなら……俺も誓ってやるよ」