裏腹王子は目覚めのキスを
 
去年の三月、都内のアパートを引き払って北の地にある実家に戻ってから一年間、わたしはすり減らしすぎてマイナスになってしまった気力と体力が回復するのを待ちながら、パートに出かけていく母を手伝って家事をしていた。
 
定年間近の父と母、それから大学に通う弟のために食事を用意し、掃除や洗濯をしてきた。
 
そう、だから、見慣れているはずなのだ。
 

――男物の下着なんて。


「め……目がチカチカする」
 
よろけそうになり、傍らの洗濯機にもたれた。洗濯物の山の中で、まるで宝石のように存在を主張しているそれらをおそるおそる拾い上げる。
 
ショッキングピンクのヒョウ柄、原色使いの幾何学模様、ど真ん中で黄色いヒヨコのキャラクターがしたり顔を見せるプリント柄。
 
同じボクサーパンツでも、チェック模様だったり、しま模様だったりした弟のものはずいぶんと大人しい部類だったのだと今さらながら思い知らされた。
 
幼なじみの下着を見てしまった! なんていう生ぬるい驚きよりもはるかに大きな衝撃に殴打されていると、

「おい」
 
背後から声がかかって、わたしは悲鳴を上げた。

「なにしてんだよ」

「い、いえ、何も……」
 
背後から手元を覗き込まれ、慌てて持っていたものを洗濯機に放り込む。

「あーなるほど、男のパンツ見て興奮してたのか」

「そ、そんなわけ」
 
振り向いた途端、投げつけようとした言葉を取り落としてしまった。

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