裏腹王子は目覚めのキスを
トーゴくんはぴたりと身体にフィットしたダークグレーのスーツを着こなしていて、普段から規則正しく生きてますといわんばかりの一糸乱れぬ立ち姿をしている。
家にいるときのゆるいスウェット姿からは想像もつかない、できる男のオーラ。
彼は本当に、自分に魔法をかけるのがうまい。
こっそり感心していると、王子様の繊細な指が話を切り替えるようにぱっと開いた。
「じゃ、行ってくっから」
「え」
ぽかんとしているあいだに、彼は洗面所から姿を消してしまう。
「と、トーゴくん、待って! 朝ごはんは?」
玄関に向かう背中を追いかけると、幼なじみは振り向かずに答える。
「いつもコーヒー買ってってるし」
「え、コーヒーだけ?」
ずらりと整列している靴の中から黒く艶を放つ革靴を選び出すと、慣れた仕草で靴べらを使う。
「じゃ、あと適当によろしくな」
重そうなブリーフケースを持ち上げ、わたしに「いってらっしゃい」を言わせる暇も与えず、トーゴくんはあっというまに玄関を出て行ってしまった。
ドアの隙間からのぞいた空は明るいけれど、起きぬけの視界のようにぼんやりとした青色だ。
現在、朝の八時。彼は起床してから三十分足らずで出かけてしまった。