裏腹王子は目覚めのキスを
*シンガポールの夜に*



目の前に横たわるのは、穏やかに波打つマリーナ湾。
真っ先に目が行ったのは、向こう岸の巨大な建物だった。

三つの細長い消しゴムを横並びに立たせ、その上に短い鉛筆を一本載せたみたいな、奇妙な外観のそれは。

「あれ! テレビで見たことある!」
 
わたしの叫びに、トーゴくんが目を細める。

「マリーナベイ・サンズだな」
 
それは三棟の高層ビルとそれを繋ぐ空中庭園で、特徴的な外観が有名なリゾートホテルだった。
屋上には世界で一番高い場所にあると言われている、地上200メートルのプールがある。

「すごい! のぼってみたいなぁ」
 
立ち止まってうっとりしていると、頭をぽんと叩かれた。

「とりあえずこっちが先だろ」
 
そう言って、トーゴくんはキャリーバッグを持ち上げ、湾に面した広場へと階段を下りていく。

帽子で日差しを遮っていても、むしっとした空気が肌にまとわりついた。

気温は33度。乾季から雨季に変わる季節で、ここ最近特に湿度が高いらしい。
 
健太郎くんに別れを告げ、ビンタン島からシンガポールへ戻ってくると、午後4時近い時間になっていた。

帰りのチケットはオンラインで購入できたと言っていたから、そのまま空港に向かうのかと思いきや、トーゴくんは「シンガポールに来てマーライオンを見ていかないとは何事だ」と言いだし、現在プチ観光の真っ最中だ。

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