裏腹王子は目覚めのキスを

久しぶりだから、行きたい場所はたくさんある。

最近できたばかりの都心駅と連結した商業施設や、昔よく行った繁華街、駅ビル、久しぶりに買い物もしたいし、トーゴくんと話題の美味しいスイーツを食べるのもいいかもしれない。
 
わくわくと踊り出しそうな気分で目に留まったページをチェックしていると、ニュースサイトの文字が目に入った。


『新社会人、初めての給与明細の見方』
 

まだスーツのほうに着られているような初々しい新入社員の写真が、いくつも載っている。

世間から守られる対象だった学校という小さな箱から、社会の荒波へと乗り出した若者たちは、みんなやる気に満ちあふれている。
 

ぐっと、喉に異物を詰め込まれたような気がした。

肺に十分な空気を取り込めない。
 
気持ち悪くなってきて、わたしは携帯をソファに放りだした。
 
ふうと、気持ちを落ち着けるように大きく息を吐き出す。



四年前、新卒で小さな専門商社に就職して、わたしは三年間必死に働いた。

先輩に怒鳴られながら顧客とメーカーのあいだを駆けずり回り、休む間もなく電話をかけ、朝の七時から夜の十一時まで働いても仕事が終わらず、休日出勤は当たり前で、休みなしで二ヶ月間、連続で出勤することも珍しくなかった。
 
< 69 / 286 >

この作品をシェア

pagetop