恋の捜査をはじめましょう
聴こえる。
久しぶりの…コール音。
もう二度と、掛かって来ることなどないと…思っていたのに。
恐らく…只今、深夜だろう。
豆電球の、オレンジ色の灯りだけを頼りに…私は布団から這い出して、鳴りやまぬ電話の受話器を上げる。
「ハイ!」
飛び出した第一声は…
自分でも驚くくらいに、甲高い声だった。
『………………』
相手は…暫し、押し黙る。
そりゃあそうだろう、自分から…遠ざけたくせに、このトーンは女丸出しだ。
「もしもし?」
『……なんだ、鮎川か?誰だよ、今の。』
「……あ。」
返ってきた声は、その冷静かつ、厳格な響きを…耳に残す。
ゆっくりと、穏やかに語る、『あの人』の語り口調とは、全くの…別物だ。
急に背筋が…ピンと真っ直ぐに伸びる。
「お疲れ様です、課長。……事件ですか?」
『〇〇町五丁目で火災発生。現在消防が消火活動中だ、至急出署を願いたい。』
「……決して待ってなどいませんでした。」
『は?』
「……儚い幸せでございました……。」
『おーい…?夢語る前に現実見ろ。そこから北…だ。」
「…………。」
私は電話を片手に、狭い1DKの部屋を…ペタぺタと音を立て歩いて。手に取ったカーテンを、ゆっくりと…開く。
北の…空。
いや……、見えるはずもない。アパートのベランダは南向き。
けれど、窓を開ければ――…
北風に乗った…灰色の煙が。小さな粉雪と一緒に…空を流れる。
まだ眠っているはずの街中に…賑やかなサイレンの音が飛び交っていて、その光景を…赤く燃え立つ炎を、容易に彷彿させた。
「……至急向かいます。」
『残念だったな、彼氏とのデートもお預けだ。』
相手は、クスリと笑ったかと思うと、また、いつもの淡々とした口調に戻して…
「現場検証は明るくなった頃か…?あー…、それから、相原君を乗せて来てくれ。」
それだけ言って、アッサリと電話を切った。