恋の捜査をはじめましょう
「……ええーと…、夜明け…?」

私は部屋のライトを付けて、ちらりと壁掛け時計に目をやる。

只今の時刻…AM4:30。
冬の朝は…まだ暗い。


「……招集…、か。ああ、安眠が恋しい。」

それの思いを助長させるようにして、足裏の凍てつくような冷たさに…、今さら、身を震わせる。




鮎川 潤。女盛りの…32歳。

……と、言いたいところだが。

残念ながら、女であることに…そう浸る時間も許されない、干物女。

明るくなったワンルーム。
全身鏡に映し出された自分の姿に…肩を下ろしたくもなるけれど。

寝癖だって酷いけれど。

それなりに…プライドだって持っている。

ちなみに…厄も持っている。(本厄年…)

非番明けの…本日日曜日の予定、決定。
火事の現場検証。


事件も事故も…


時間など、選らばない。


睡眠より何よりも、『現場』が第一。

所轄警察署の刑事第一課鑑識係に従事する私の恋人は…それと言っても、過言じゃあない。



のらり、くらりと…洗面所へと向かい、雑に顔を洗って…サッとだけ、髪をとかす。

それから、身に付けていたスウェットにトレーナーを脱いでは…脱衣かごに放り投げた。

独り暮らしだと、こういうガサツさが人に見られなくて済むけれど……

如何せん、女子力の低下は…否めない。


着替えを済ませて、ラストの工程は…歯磨き。

と、歯ブラシへと手を伸ばした所で……
今度は、部屋より携帯の着信音が聞こえて来た。

「…………。」

携帯の画面を確認してから、つい、出てしまったのは…。

…溜め息。

「はいはーい。」

さっきとは打ってかわって、ややテンション低めに…応対する。

『…ヨシ、あと切るぞ。』

電話の相手は、これが用件だ、とも言えないくらいの短さで…会話を切ろうとする。

「………はあ?ちょっと、何?」

『さっさと準備して来いよ、寝坊魔。』

「いつの話してんのよ…。ってか、今やアンタの方が遅く出勤してるじゃない。」

『まだアンタが可愛かった頃の話?点呼ギリギリの常習犯、前科は数えきれないくらいだったろ?』

「………流石は元衛生係…。早朝に検温を促すハタ迷惑な呼び込みは今なお健在ですか。」

『人のこと言えんか。寝たいが故に、虚偽の体温語ってたらしいじゃん?アンタの方が、重罪。つーか残念だったな、休日返上。男とも会えない。』

「……全くどいつもこいつも……。心配していただいて、ありがとう。そして、ご心配なく。今から家を出る所だし、かえって足留めになりました。では、さようなら。」

最後は、やや語気を荒げて…通話終了。

「何が、可愛かった頃、だ。」

電話の向こう側で…どれだけニヒルな笑みを浮かべていることだろう。

ヤツの整った口元…、その、端っこが…ゆるりと上がっていく映像が…スローモーションのようにして、脳裏に映し出された。

「ん?整った口元?」



二度目の電話は、私の苛立ちをよそに…
まさに、『ヤツ』の思惑通りに。

思考の覚醒を…促したのだった。



< 29 / 142 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop