恋の捜査をはじめましょう


「…じゃ…、私、もう戻るね。柏木も早く…行きなよ。報告書、書くんでしょ?…って、引き止めたのは私の方か…、ごめんごめん。じゃ…、また。」


私は…踵を返して。
ヤツに背を向けて…歩いていく。

宿直室のドアノブに触れた…その瞬間。
身体に、突如ブレーキがかかった。

何故なら…沈黙を貫いていた、柏木が…私の腕を、掴んだから。



「……何?」
振り返ると、真剣な面持ちの、柏木が…そこにいた。


「鮎川。…1分。あと…1分だけ、アンタの時間…俺に頂戴。」


「……え?」


それは……、夢の続きだったのだろうか。






二人入った宿直室のドアが、背後でパタンと閉じる音が…静かな部屋の中に、響いた。


「柏木、ここは…男子禁せ…」
「そんなの…わかってる。」

「なら、なんで…」
「だから、だろ。時間…見てみろよ。目え覚ますには、まだ…早い。」
「………。」

「アンタは、何も…悪くない。共犯になんなくても…いい。」
「……柏木?」







「勝手だって…罵ってもいい。明日、ハゲたっていい。ただ、俺が……、」




「……。『俺が?』」



その、言葉の続きを…、私は聞くことが出来なかった。



突き止めることが…、出来なかった。


それから。


呼吸することも…出来なくなっていた。





目を閉じる暇も与えられず、疑問を投げることも…許されず、ただただ、柏木の…温かい唇が。

繰り返し、何度も何度も…私の口を…塞いだから。



私の痛めた腰を、支えるようにして…、それから、反対の手で、うなじを引き寄せるようにして。

優しく、情熱的に…熱を与えられていく。

私は、その行為を…ただ黙って、受け入れていた。

柏木に…触れられることが、必要とされることが、…嬉しくて。

ライバルだとか…、同僚だとか、仲間だとか…自分達の…立場だとか。
私も…、多分、柏木も、温もりを分け合った…数秒間、全てを無にして…

ただの、男と女に…なっていた。




こんなことになるのなら。
この、乾燥したカサカサの唇に…せめてリップを塗っていれば良かった、と…。

私の後悔は、たった…それだけ。ちっぽけな…ものだった。


なのに…、だ。

私を見つめる柏木の瞳が…、苦しそうに…、切なく揺れているのは。

そう…、感じてしまうのは。


やはり、罪悪感に苛まれているからなのだろう…。








「鮎川。」

「…ん?」


「…鮎川。」

名前を呼ぶのと…、キスとを、交互に繰り返しながら。柏木は、私のアタマを…撫でる。

「……何、柏木…。」

「……呼んだだけ。」

「……何ソレ。」

小さく響く…リップ音。


「……鮎川。」

「………。」

「鮎川。」

「…~っ」

「潤。」

「………!何…、よ。」

「だから。ただ…、呼んだだけ。」

最後に、ペチンっと…額を打って。

柏木は、私から…離れていった。



カサカサだった唇は…、すっかり潤いを与えられ。

『潤』。柏木が呼んだ…私の名前に、初めて…愛着が沸いたのだった。


部屋には…、二人きり。
誰も、ここで起きたことを…知らない。

柏木と交わしたキスは、味噌味ではなかったことは…確かで、それを知るのも…私たち、二人だけ。


秘密の…共有者。



「『地方公務員法違反』だ、コレは。ねえ、柏木…。私も…同罪、か。」



例え…言葉にしなくても。


多分…私たちは、今、同じことを思っている。




ようやく振り向いた、柏木の顔が…
いつも飄々とした、ヤツの…整った顔が、

ほんの少しだけ、赤く染まっている。







『柏木、アンタが好きだ。』…と、私は、心の中で…そう、呟いた。






柏木晴柊は……私の同期で。

同僚で、
仲間で、
……ライバルで。


それから、私の…好きな人。






『勝手だって…罵ってもいい。明日、ハゲたっていい。ただ、俺が……、』
その、言葉の続きを……

いつか…ヤツの口から聞けるといい。


だから、それまでは……


「あ。悪いけど、ハゲんのは自分だけにしておいてね。」

「……は?」

「自分で言ったんだから、責任持ちなよ。それから、2度と・・・こんなことしないで」






「2度としないって。・・・警察署(ここ)では。」

「そう。勘弁してください、これ以上腰が砕けては、捜査に戻れませんから。」

「「………………。」」

完落ち(※)する、それまでは……、

いつもよりちょっと近い距離で、

アンタを……見ているから。








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(※) 完落ち…全面的に自供、自白すること。(警察用語)




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