スカーレット

(うう、殴りたい……)

面倒見の良い性格のおかげで年下からは姐御と呼ばれ、年上からは頼りになると褒められてきたわけだが、その一方で頭に血が上りやすく手が早いことが私……“渡辺椿”の唯一とも言える欠点だった。

まあ、就業中に変な因縁をつけて資料室に連れ込むような奴は本能のおもむくまま殴っても許されるだろうが、問題は紙より薄っぺらくタンポポの綿毛より頭の軽いこの男を殴ったところで、拒絶の意が伝わるかどうか定かではないということだ。

「んで、さっきの男は誰なんだ?」

佐伯の顔から私の嫌いなヘラヘラとした笑みが一瞬にして消えた。

先ほどまでのやりとりは完全に無視されたわけだ。

この場を支配しているのは私ではなく目の前のこの男……“佐伯渉”だ。

……あんたに関係あるの?

つい、言い返しそうになって途中でやめる。今の状況は私に圧倒的に不利だ。

身体をのけぞらせてみても、背中に当たるのはコンクリートの冷たい感触だった。

佐伯と壁の間にピタリと隙間なく挟まれれば、否応がなしに感じてしまう。

もう、逃げ場はないのだと。

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