私、立候補します!

(空中に浮くのとは違うのかな? どんな感じがするのかをちゃんと覚えておいて、家に帰ったらジルに教えよう)

 弟のジルはエレナと違ってあまり魔術や言い伝えを信じたり興味があるタイプではない。
 しかし、母が癒術薬で元気になったのを目の当たりにしたのなら少しは興味を持っただろうとエレナは思った。
 移動術を心待ちにする彼女の様子に座席に身を乗り出したままのチェインが吹き出して笑う。
 肩を揺らしてはじけるように笑う青年にエレナは首を傾げて彼を見る。
 チェインは涙がにじむ目尻を指で擦りながら口を開いた。

「ごめんね? エレナさんが新しい玩具を前にした子供みたいに見えたからさ」

 魔術を珍しがってエレナほどに興味をもつ他国の人間と出会える機会は少なく、くるくると変わる表情を見る度にチェインもまた嬉しくて笑みが浮かんでしまう。

(本当に飽きないよ)

 思わず頭をなでようと伸ばしかけた手を、はっとして引っこめる。
 エレナの隣から感じた鋭い視線に顔を動かせば、細められた目の奥に冷たい光を宿す主の姿。
 以前に寝ぼけてエレナを敵と誤認した時以上に厳しい威圧を感じ、チェインは引きつった笑みで顔をそらした。

「チェインさん?」

「……あー、うん。だからね、エレナさんはラディアント様にとっても貴重な人ってことだよ」

 ちくちくとした視線から逃れるべく、チェインは無理やり話をラディアントへと向けて方向転換をはかる。

「そうだね。私を始め城の者はきっとそう思っているよ」

 部下に向けていた表情を瞬時に消しておくびにも出さず、ラディアントは腕を伸ばしてエレナの頭にそっと触れる。
 艶やかな茶色の髪を数回なでながらエメラルドの目を柔らかく細め、次いで申し訳なさげに表情を崩した。

「移動術は一瞬だから楽しんでもらえる物ではないと思うけれど――」

「え……?」

 一瞬視界が揺れたかと感じると馬車は再び軽快に動き出す。

「残念ながら今の感覚が移動術を発動した時のものだよ」

(えっ! 今のが……?)

 眉を下げるラディアントを見て、クスクスと笑うチェインの声を背中に感じて、エレナは肩を落とした。

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