寡黙な夫が豹変した夜
「菜摘。俺と真菜の元に帰ってきてくれて、ありがとう」
「私の家族はあなたと真菜だよ。この家に帰って来るのは当たり前。でもね。お願いがあるの」
「何?」
「あのね、私、褒め言葉なんかいらないから、あなたの好きな里芋とイカの煮物が上手に作れた時には『美味しいよ』とか。医院の花のアレンジメントを変えたら『綺麗だね』とか言って欲しいな」
至近距離でお願いをする私を見つめながら、夫は黙ったまま頷いてくれた。
夫は寡黙で照れ屋だけれど、心優しい。
そんな夫が大好きだから、私は彼と結婚したのだと改めて思い出す。
「それから?まだお願いがあるなら聞くよ」
「あ。あと、時々でいいから......好きって言ってくれたら嬉しい」
「わかった。努力してみる。じゃあ早速」
少しだけ恥ずかしげな表情を浮かべた夫は、壁に背中を付けたままの私に向かってゆっくりと顔を近付けてきた。
瞳を閉じた私の唇に降り注ぐのは、ついばむような優しい口づけ。
離れては重なり合う唇の隙間から零れるのは、マシュマロのような甘い夫の言葉だった。
「菜摘。好きだよ。愛している」
寡黙な夫が饒舌に愛を語る夫に豹変した夜は始まったばかり。
今夜はきっと忘れられない夜になるだろうと思いながら、廊下の壁から離れた私たちは寝室に向かった。