悪縁男子!~心ごとアイツに奪われて~
唇が触れるか触れないか、ギリギリの距離にまで近付いた、その瞬間。


「あったあった、展望台!」

「上るかー」


下からそんな声が聞こえてきて、あたし達は反射的に顔を離した。

一瞬見つめ合うと、柳は仏頂面を逸らして、それはそれは盛大なため息を吐き出す。


「……今ドラムがあったら振り回してたわ」


わ、笑いたいけど笑えない……!

顔も身体も硬直しちゃって動けないよ!!


あとほんの数ミリでキスしちゃってたと思うと、めちゃくちゃ恥ずかしい。

きっと真っ赤だろう顔が、夜の闇でわからないのはありがたいけど。


カップルらしき男女が階段を上がって来る音を聞きながら、柳がぽつりと言う。


「……帰るか」

「う、うん……」


一気に現実に引き戻された気分。

甘い雰囲気はなくなって、代わりに再び重い気持ちがのしかかる。

帰ったら、お父さんに何て言われるだろう。


足がくっついたように動けないでいると、柳の手が伸ばされ、ぽんと頭を撫でられた。


「大丈夫、俺がついてるから」


心強い励ましで、帰る気力がようやく少しだけ湧いてくる気がした。

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