真夜中のパレード


なぜなら口の中にはマウスピースが入っているからだ。
これが入っていると、人前では食事が出来ない。


とはいえ外出先でこれから一緒に会社に帰るのに、
わざわざ別にご飯を食べるのはさすがに不自然だろう。


上条が席に向かっている間にトイレでこっそりマウスピースを外す。
案内された席に座り、なるべく彼の顔を見ないように俯いた。


「上条さんは何にするか決まりましたか?」


問いかけると机に腕をついた上条は、眠そうな顔でぼそぼそと答えた。


「そうだなぁ。天ぷら蕎麦か」


聞いた瞬間、思わず小さく笑ってしまう。



「ん? 何がおかしい?」

「いえ。上条さんって、天ぷら蕎麦お好きですよね」


そう言うと、少し恥ずかしそうに顔をしかめる。


「そうか?」

「はい。入社したばかりの頃も、天ぷら蕎麦を食べていたので」


そう言うと、むすっとした声で答える。


「じゃあ変える。肉うどんにする」


「別に変えなくても……」


「いつも天ぷらばかり食べている男だと思われるのは癪だ」


子供のような言い草にまた笑ってしまう。


「別にいいんじゃないですか? そう思われても」


「嫌だ。ほら、店員呼ぶぞ」


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