碧い人魚の海

 22 貴婦人の真実

22 貴婦人の真実


「あたし、誰かが誰かを意のままにするとか、支配するとか、そういう目的のための道具として使われたくありません」

 貴婦人は何も答えず、ルビーの視線を静かに受け止めて、ゆったりと微笑んだ。
 なおもルビーは貴婦人を睨みつけていたが、そのうちだんだん居心地悪くなってきた。
 貴婦人の目の中に、さっきの座長を見ていたときのような、あきらかに面白がっている様子が見て取れたからだ。

「あの……奥さま?」
 ルビーは困惑して眉をひそめ、恐る恐る尋ねた。
「ひょっとして、あたしをからかったんですか?」

「人魚。おかけなさい」
 貴婦人はおっとりと立ち上がり、歩み寄って倒れた椅子を直し、ルビーを促した。
「一つ、宿題があるわ。あなたは質問し、わたくしは答える。その答えの中に真実は、何割ぐらい含まれていると思う?」
「何割、ですか?」
 座ろうとはせず立ったままで聞き返すルビーに、貴婦人は頷いた。

「そう。わかっているとは思うけれど、質問に対する答えって、大体は、全部本当だとか、全部が嘘だとかではないのよ。
 本当のことを言いたくない場合もあるかもしれないし、もしかすると嘘の中には、意図的についた嘘ではないものも含まれているかもしれないわ。また、ほとんど本当でも、ほんの少し誇張が入っているかもしれない。話を面白くするためだけに、何の悪気もなく大げさに話す人だって世の中にはいるでしょう。
 まあ、中には、ひたすら正直に生きることを自分に課しながら日々過ごしている人もいるのかもしれないし、そういう人についてはその限りではないかもしれませんけれども」

「奥さまは人の反応を見るために、話に嘘を混ぜるんですか?」
「あら、人魚にはそう見えたのかしら」
「わかりません。けど、あたしを使ってブランコ乗りを本当に思い通りにしたいのだったら、わざわざあたしにそのことを告げること自体が変です」

 それに、そもそも座長にこの話を持ちかけた時点では、ブランコ乗りがルビーを水槽から助け出してくれたことも、空中ブランコを教えるといったことも、貴婦人は知らなかったはずだ。あの夜、彼が単なる気まぐれでここにやってきたのではないという保証はどこにもない。
 貴婦人にとって、ルビーが何かの切り札になるかもしれないと考えるだけの材料は、どう考えても少なすぎる。

「よくできました」
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