碧い人魚の海
 カルナーナの首相カルロ・セルヴィーニの突然の訪問により、貴婦人は急用ができたということで、屋敷での夕食会は中止となった。
 首相より少し遅れてやってきたブランコ乗りに、ルビーを夕食に連れ出してくれるように貴婦人は頼んだ。
「お願い、アーティ。助けると思って」
 自分は首相と一緒に出かけてしまう。執事と何人かの使用人が同行することになる。主(あるじ)のいない屋敷で客人をもてなすことはできないし、手薄になった屋敷にルビーを一人で残していくのも心もとない。

 貴婦人の屋敷は大きく庭も広かったが、使用人の数は極端に少ない。執事とその下に位置する使用人頭のほかは、何人かの料理人と何人かの下働きと何人かの警備兵。それに庭師と御者と厩番ぐらいだ。下働きの中に女が二人いたが、どちらも中年というか既に初老で、若い女の子は一人もいなかった。
 彼女の夫であったグレゴール・ハマースタインの生前は使用人はそれなりにいたらしかった。だが、貴婦人は彼の死とともにそのほとんどを首にしてしまったという話だった。喪に服していたためしばらくは社交界に顔を出す必要もなく、身の回りの世話をしていた侍女にも、必要ないからと一人残らず暇を出したということだった。

 ルビーは貴婦人の隣の部屋に連れて行かれ、黒い服から、町娘などがよく着ているありふれたデザインのワンピースに着替えさせられた。貴婦人はルビーの髪に櫛を通したあと軽く後ろにまとめてくれて、その上から白い頭巾を被せてくれた。

 出発の前にブランコ乗りは、予定の行く先を第3候補まで挙げた。三つの店のうちのどれかにいるはずだから、ルビーを屋敷に送り届けてもいいころ合いになったら連絡をくれるように頼んだ。
 貴婦人は、もし遅くなるようでも必ず一度連絡を入れるからと答え、詳しい事情はあとで話すから、と言い添えた。

 首相の一行が出発するのに先立って、ブランコ乗りとルビーを乗せた小さな馬車は慌ただしく屋敷をあとにしたのだった。
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