碧い人魚の海
 海の面(おもて)が日の光を受けて白く輝いている。暖かい波が、楽しげな音を立てながら、誘うように揺れている。待ちきれなくて、草むらを抜ける少し手前でもう、ルビーは髪を縛るひもをほどいてしまう。
 水の中まであともうちょっと。

 なのにルビーは海に辿りつけなかった。
 厚みのある大きな手に、突然行く手を阻まれたのだ。

 男が岩場で待ち伏せしていた。最初ルビーを見て、緑樹さまの婢女(はしため)だろうと言っていた、あの太った男だった。
 そういえば、さっき崩れた塔のところで姿を探したのに見当たらなかった。ルビーは草の波に隠れていたのに、草の波は見渡す限りどこまでも広がっているのに、ルビーがどこから海辺に出てくるのかが、あらかじめわかっていたみたいだった。

「どこに行かれるのですかな、赤毛のお嬢さん」
 おどけた調子で男は聞いた。
 ルビーは答えるかわりに、さっきみたいに空気を使って男の喉をふさごうとした。が、男が軽く手を上げただけで、空気の流れはぱちんと途切れてしまう。
 効かない。

「術を使う人間はグレイハートだけというわけではないんだぞ」
 男は太った顔に満面の笑顔を浮かべた。一見人が好さそうにも見える表情なのに、目だけが冷たくてまったく笑ってなくて、なんだかちぐはぐな感じだった。眠ってるふりをしながら海底に張り付いて隙をうかがっている深海魚の目を思い出す。
「側近の男と4人の兵士を倒したのはなかなかの手際のよさだった。だが、そんな子供だましの術はわしには効かんぞ」

 ルビーは男の手をはねのけながら、両手を使ってもう一度空気を動かした。
 やはり、こともなげに撥ね退けられてしまう。
「効かんといっただろうが!」
 男は一喝した。
 太った男の手によって、ルビーは再び連行された。


 3隻の船は近くで見ると、フォルムも色も装飾も、てんでバラバラだった。
 真ん中の船はペリカンみたいにしゃくれた大きな舳先を持つ見事な戦艦で、船の色は白っぽい銀色。さっき塔の前で見た大砲をもっと大きく複雑にしたようなごちゃごちゃとした武器を装備していた。
 左側のはルビーの住んでいる海からちょっと南に足を伸ばせば見かけるような、なめらかなフォルムの帆船。でもこれも大きい。そしてほかの二つよりも帆柱が見事で美しい。真っ白な帆が夏の空を背景に、誇らしげに風にはためいている。
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