碧い人魚の海
「ぼくの話には関係ありませんが、近頃思わぬところで立て続けに首相の名前を耳にするんですが……。あの方は国じゅうを走りまわって、一体いま、何をなさっておいでなのでしょうか。
 話を戻します……。

 調べてその領主が不審死を遂げていることと、首相が関わっていることまではつきとめたのですが、ぼくにはそれ以上の真実には近づく術(すべ)はありませんでした。
 生きていれば、どうやってか彼に真実を問うことができたのかもしれません。──いえ、武人でもない無力なぼくなどでは極悪非道な領主の所業をあばきたてようとしても、返り討ちに遭う公算の方が大きかったかもしれませんが。
 ワルシュティン卿は亡くなり、もと領地はいまは国有地として役人が管理をしているようです。もとより領民に好かれている領主ではなかったので、そこに住む人たちは中央から派遣されてきた官吏を歓迎し、統治は上手く進んでいるようすでした」

「知らなかったわ」
 他に言葉も思いつかず、もう一度、ジゼルはそう繰り返した。

「きょうはジゼルさま、あなたが卿に何のかかわりも持たないということを、改めて確認できてよかったです。あるときあなたが再び見世物小屋にやってきて、座長を通して資金援助を始め、運営にも関わりを持つようになってから、少なくとも──」
 アートは次の言葉を、少し言い淀んだ。
「一抹の疑念を拭い去ることが、どうしてもできずにいたので……」
「あら、そう言い切れるの? もしもわたくしが──」
 ジゼルの言葉を、男は柔らかく遮った。
「駄目ですよ、奥さま。そんな風に思わせぶりになさっても。そう言い切れます」

 再び沈黙が下りた。
 ジゼルは自分に言い聞かせるような声で、小さくつぶやいた。
「あなたがロビンを気にしているのは、その少女に境遇が重なるからなのね」
「どうなんでしょう。ぼくの知っていた彼女と年のころが同じなので、どうしても重ねて見てしまう部分はあるのかもしれないです。顔や雰囲気が特に似ているわけではないのですが。いや、似てなくはないのかな……」

「その女の子は博識で、本を読むのが好きだったのでしょう。ロビンは字も書けないし、計算もできないみたいよ」
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