碧い人魚の海
 戻ってきたとき、彼女は身体のあちこちに、ひどい怪我をしていました。そして、長く伸ばしていつも丁寧に結わえていた彼女の髪は、短く刈り込まれてしまっていて、まるで案山子の頭についている麦わらのような髪型になってしまっていました。
 何があったのかは知りません。
 周囲の大人が訳知り顔に言いました。貴族の残酷な遊びに使われて、用済みになったから安値で買い戻されてきたんだ、と。

 あとになってからも、彼女はそのときの詳しい事情については何も説明してくれませんでした。ぼくも聞きませんでした。何をどう聞いたらいいのかわからなかったのもあります。
 いまのぼくなら、それとなく水を向けてみるなどという試みもできたと思います。でも、当時のぼくには、彼女を傷つけずにうまく話を聞く自信がなかったのです。
 見世物小屋で再会してからぼくは彼女に、髪をまた伸ばすように頼みました。長い髪がとてもよく似合っていたから、最初に出会ったときみたいにまた伸ばしてほしいと言ったんです。
 2年の間に髪はずいぶん伸びて、髪の長さに比例するように、ゆっくりとではありましたが、だんだんとまた、彼女に笑顔が増えていきました。
 でも結局、髪がいつかのように腰まで届く長さになることは、2度とありませんでした」
 語り終えた彼は、口をつぐんだ。

「知らなかったわ。」
 言葉とともに、深いため息がこぼれた。
「わたくしには、あなた方二人は、とても幸せそうに見えていたのよ。だってずっと見つめ合っていたでしょう?」
 見上げるジゼルに、彼は頷き返す。
「あのときは、観客の方を見ないように、ぼくの方だけ見て演技に集中するように、彼女に言いました。1日目と2日目に比べて、3日目はそれがとてもよくできていたのだと思います」

「そのあと、ワルシュティン卿はどうなったの?」
 ささやくような小さい声で彼女は聞いた。
「あなた、調べたのでしょう?」

「ワルシュティン卿の最期については、おそらく首相がご存じではと思います」
「彼は死んだの?」
「おそらく。彼は悪評高い領主の1人であったらしく、表向きの記録では暴徒に襲われて亡くなったことになっています。けれども調べたところ、彼の謎の死には、どうも首相が一枚かんでいるようでした」
「首相が?」
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