碧い人魚の海
 こぶ男は、なかなかよくならないルビーの尻尾の傷に塗る薬を、どこからか調達してきてくれた。

 こぶ男が客からもらったなけなしのチップをはたいて薬を買ってきてくれたことを、あとでルビーは知る。
 こぶ男もルビーと同じく人買いから買われてきた身であったので、お給料をもらっていなかった。こぶ男はカルナーナの人々に飽きられていたので、チップなどもらえることはめったになかった。

 一座の中には雑用を受け持つ女の人もいて、その女の人が、ルビーに教えてくれたのだった。彼女は笑いながら、ひそひそ声でルビーに言った。
「ばかだよねえ、こぶ男も。そんなことしても、あんたみたいな可愛い子に、こぶ男なんかが相手にされるわけないのに」
「こぶ男はお友達よ」
 悲しくなって、ルビーはそう反論した。女の人の口調に、何か悪意のようなものを感じたせいだ。
 女の人はうなずいた。
「お友達ね、そうでしょうとも」
 そう言って、彼女はあでやかに笑った。

 見世物小屋一座の間には、順列というものが存在した。座長が一番上で、その下に"幹部"と呼ばれる特別な権限を持つものが何人かいた。
 ブランコ乗りはさらにその下ぐらいの特別待遇。彼はお給料をもらって雇われていた。外に住まいがあるらしく、見世物小屋には通ってきていた。
 給料組はその下にもいたが、住み込みがほとんどだった。外に出て生活していける額をもらっていないせいだった。

 買われてきたものの中では、いまやルビーは特別待遇だった。清潔な布に干しわらを詰めた柔らかい寝床のついた個室が与えられ、3度の食事は下働きのメンバーによって部屋まで運ばれてくる。
 こぶ男はいわゆる最下位の扱いだった。食べるものも寝る場所も与えられる服も何もかもが、最低限のものだった。ボロを身にまとい、他の座員の残飯を与えられ、あらゆる雑用を押しつけられ、皆がぬくぬくと眠りについた後で、ゾウの小屋の掃除をもくもくとしていた。

 ルビーは恵まれてはいたが、尻尾のある人魚の姿では動き回るのには不自由で、建物の外までは出られない。だからこぶ男は塗り薬のほかにも、忙しい仕事の合間に、退屈なルビーの気晴らしになるようなものを届けてくれた。
 道に咲いていたといって小さな花をくれたり、モミジという変わった形の葉っぱを採ってきてくれたりした。
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