碧い人魚の海
 青い海。青い青い海。きっといつかここを逃げ出して、あの海にルビーも還る。

 とはいえ見世物一座の生活は、ルビーにとってさほど悪いものではなかった。
 カルナーナの人々は、これまでだれ一人として実際に人魚を見たことがなかった。だからルビーをひと目見ようと小屋には見物客が押し寄せた。
 一座の商売は繁盛し、ルビーは花形の一人となった。

 もう一人の一座の花形は、空中ブランコ乗りだった。見世物小屋の高い天井に張ったブランコからブランコへ飛び移る華麗な技で、一座のほかの誰も真似できなかった。
 けれどもルビーはブランコ乗りが苦手だった。意味のない目線を送ってくる。やけに親しげに話しかけてくる。手を握り、ルビーの髪の毛を恭しく手にとって、髪の先にキスをしてくる。うっとうしいので無視していたが、ブランコ乗りにはルビーの無視は痛くもかゆくもないらしく、相変わらず馴れ馴れしい態度で接してくる。
 彼はルビーのことを赤毛ちゃんと呼んだ。その呼び方も、ルビーは嫌いだった。

 ブランコ乗りはいわゆる美男だったから、特に女性客にもてた。相手がだれであれ、彼はちやほやされるのは嫌ではないらしく、楽屋裏に次々と押し寄せてくる若い女には、誰彼かまわず愛想よく応対した。
 永遠に女客とだけ話してればいいのに。こっちに来なければいいのに。ルビーはそう思った。

 ルビーが仲良くなったのは、こぶ男と呼ばれる小さな男だった。背中が曲がっていて大きなこぶがあるみたいに見えたので、そう呼ばれていた。いつも前かがみになっていて、まっすぐ顔をあげて立つことができない。姿勢が悪いので目つきも悪かった。手足が短くてずんぐりしていて、しゃべる言葉は舌ったらずで聞き取りづらかった。

 見世物小屋に連れて来れらたばかりの頃は、ルビーの世話はこのこぶ男に託されていた。彼はライオンの世話と、大きなゾウの世話もしなければならなかったから、いつもとても忙しかった。最初ルビーのために大きな水槽を用意しなければいけないと座長に言われて、彼は途方に暮れていた。
 たくさんの水は要らないから、尻尾を潤す綺麗な水が少しだけ欲しいのだとルビーが説明したら、彼はホッとした顔をした。もし変身できればその水も要らないのだけど。でもそれはこぶ男に言っても仕方がない。
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