碧い人魚の海
「いえ、ブランコ乗りです。人魚を迎えに来たそうです」
「まあ」
 執事の言葉に、貴婦人は少しびっくりした様子だった。
「庭で待たせておいてちょうだい。わたくしもそちらへ向かいます」

 ルビーも少しびっくりした。ブランコ乗りがいまごろ屋敷に引き返してくる理由がわからなかった。
 貴婦人はルビーに、すぐ戻るから少し待っていてね、とだけ言って、部屋を出ていってしまった。
 しかし、貴婦人はなかなか戻ってこなかった。

 また一人きりにされて、ルビーは思案した。開け放たれた部屋の窓から抜け出して、このまま外に出て行ってしまおうか。
 窓の外には漆黒の空が広がっている。
 ルビーは窓のそばまで歩いていって、海の底よりも深い、暗い夜空を見上げた。

 この屋敷がどれだけ海から離れているかはわからなかったが、魚売りが新鮮な魚を持って訪ねて来るぐらいだから、歩けない距離ではないはずだ。ただ、方角がわからない。外に出て星座を探せば東西南北はわかるけれども、どちらの方角に海があるかを、ルビーは知らない。
 貴婦人もブランコ乗りもルビーにとってはどうでもよかったが、貴婦人の屋敷からルビーが黙って消えたら、見世物小屋で友達になったロクサムはどう思うだろう。

 ルビーはふと、アンクレットをはめた左足首がちりちりと痛むのを感じた。
 今では用途もよくわからないそれが、まるで存在を主張しているかのようだった。
 もしもルビーがこのまま海に還っても、このアンクレットは一緒についてくるのだと思った。象牙のような、珊瑚のような、つるんとした石に似た硬い材質でできていて、つなぎ目も何もなく、完全な輪の形になって、足首を取り巻いている。

 これをつくったのはだれだろう。アンクレットは最初、ルビーの力を封じる役目を果たしていたが、その役目を果たせなくなった今、どうして割れたり欠けたりすることなく、ルビーの足首に留まりつづけているのだろう。
 それともルビーが気づかないだけで、まだ何かの力を持って、ルビーに働きつづけているのか。
 どうやったらこれを外すことができるのだろう。
 これをルビーにはめたのは、人買いの仲買人だった。彼を探し出して見つけたら、このアンクレットがどういった性質のものかがわかるのだろうか?

 そのとき、屋敷の外門のあたりで、何か人が揉めているような気配がした。
「……」
「……」
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