碧い人魚の海
「嫌なの?どうして?」
「だって……みんなに笑われるよ、あんたが。おっ、おいらなんかと一緒にいたら」

「言ってる意味がよくわかんないんだけど、ロクサム。みんなってだれ? あなた、これまであたしのところに来て、いろいろ世話を焼いてくれたじゃない? そのときあなたはみんながどうのこうのって一度だって言わなかったわ」
「だって今まであんたは、自分で歩くのも不自由だったし、どこにも出かけられなかったから……」
 こぶ男は口ごもった。
「だ、だから……もしかしたら、おいらでも話し相手になれるかと思ってたんだ。そ、それに、尻尾に大きな怪我をしてて、可哀想だったし」
「ねえ、ロクサム、不自由でも可哀想でもなくなったあたしには、もう用がないって言ってるの? だったら怒るわよ」

 ルビーは立ち止まってこぶ男の方を向いたが、ロクサムはうつむいて、ルビーを見ようとしない。
「あたしたち、友だちじゃなかったの?」
「だって、そんな完璧な素敵な脚ができて普通に歩けて、ブランコ乗りや舞姫さんと一緒にお得意さんの夕食にも呼ばれて、もうおいらは人魚さんに必要ないじゃないか」

 友だちだと思っていたのに。ロクサムが友だちだと思っていたから、自由にどこにでも出ていけるのに、出て行く代わりにこの見世物小屋に戻ってきたのよ。
 ルビーはそう言い募りたかったが、こぶ男はうつむいたまま、ルビーをぐるりとよけて、また歩き始めた。
「お、おいら、急いでるから、話はあとにしてくれないかな。ゾウはたくさん水を飲むから、水をあと5回は運ばなきゃなんないんだ」


 取り上げた籠を抱えたまま、ルビーは黙ってロクサムを追った。
 ゾウ舎の前に、猛獣使いがいた。猛獣使いの隣に女の人が立っていて、二人で何か話をしていた。
 と思ったら女の人はぱっと顔を上げて、ルビーを呼んだ。
「いたいた、人魚。捜してたのよ。あんたの部屋にまで行ったのに、いないんだもの」
 いつだったか、ロクサムがなけなしのチップをはたいてルビーに薬を買ってきてくれたことを教えてくれた女の人だった。

「いましがた座長が戻ってきて、あんたを呼んでるわ。あんたの尻尾がなくなっちゃったのを知って、座長はおかんむりだよ。これからどうするつもりかを聞きたいから詰め所に来い、だってさ」
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