碧い人魚の海
「あのとき、あたしは後先考えず座長をシメるつもりだったけど、あとになって考えりゃ、そんなことしたって何の解決にもならなかった。あたしを止めようとしたあんたの行動は間違っちゃいないよ」
「そうじゃない。そういう意味じゃないんだ」
 もどかしげに、ナイフ投げは言葉を詰まらせる。

 ルビーは、水槽の中から見回したときの、見世物一座の一人一人の顔を思い浮かべた。決してこちらを見ようとしなかったナイフ投げの表情とともに、あてもなく水槽の周りをぐるぐると回っていたロクサムの苦悩に満ちたまなざしを、再び思い出す。

「けど、ナイフ投げ、あなたは助けてくれたわ」
「それは、こいつが来たからだ」
 ナイフ投げは、目でブランコ乗りを示した。
「自分からは、動けなかった。あんたを助けるために、行動を起こすこと自体を思いつかなかったんだ」
「そんなのあたしも全然思いつかなかったけどね」
 ため息をついて、舞姫は言い諭すような口調になる。
「てか、ハル、少し落ち着きなよ。あんたはアートと一緒に人魚を助けたし、人魚は助かってここにいる。何の問題があるんだい? ねえ、人魚、あんたもそう思うだろ」
 彼女は振り返って、ルビーに同意を求めた。

 3人の目が、ルビーに向いた。ルビーは息を吸って、一呼吸おき、それからゆっくりと口を開いた。
「二人とも、さっきは助けてくれて、ありがとう。それから舞姫も。座長に抗議してくれてるのが水槽の中から見えてた。ありがと」

 3人の反応はそれぞれだった。
 ブランコ乗りはルビーに感謝を述べられたことがよっぽど意外だったのか、きょとんとした顔でルビーを見た。
 反対にナイフ投げは、不服そうな、何か言いたそうな顔をした。
 舞姫は笑顔で首を横に振った。
「よしとくれ。助けたのは男連中で、あたしゃ何にもしちゃいないよ」

「聞きたいことが、幾つかあるんだけど」
「どうぞ」
 舞姫が促した。

「もしもだけど、あのままあたしが水槽で死んでたら、どうなってたの?」
「どうって、どっかに埋められてたんじゃないかな」
「聞きたいのは埋葬の方法じゃないの。お金で買われた人間を、買った人は殺してもいいことになってるの?」
「まさか」
 舞姫は首を振った。
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