碧い人魚の海
 最後のボートが浜辺に乗り上げるのをルビーは見た。男が4人、こちらに向かってやってきたが、ルビーの腕を捕えた男は彼らを呼び止めた。
「おまえたちは行かなくていい。この娘を連れて船に戻れ。娘は船室に放り込んでおけ」

 ルビーは腕をつかまれたまま、5人の男を見回した。
 誰から料理しよう。やっぱり一番強そうなのから?

 彼女の捕われていない方の小さな手に、見えないつむじ風が宿る。カマイタチで彼らの皮膚に裂け目をつくることだってやろうと思えばできた。でも、騒ぎを起こしたいわけではなかったからそれはやめた。空気の流れをほんの少し操り、痩せた男の鼻と口の周りに見えない膜をつくって空気が行かないようにした。
 すると男は目を剥いて、苦しそうに口をぱくぱく開き、それから喉をかきむしりながらドサリと音を立ててその場に崩れ折れる。彼は声もなく痙攣し、そのまま気を失った。
 驚いて目を見開いている男たちにも、同じように気を失ってもらう。
 前を歩く列の人間は、ちょっとした浜辺の出来事に気づいた様子もなく、誰も振り向かなかった。

 ルビーは人の列を避けてこっそり山に分け入った。
 方向が合っているのかどうかはよくわからなかったけど、時々海を振り返って、海から遠ざかっていることだけは確認した。
 しばらく歩いていたら、人の気配がどっちから来るのかがだんだんわかって来た。たくさんの人間たちは、おしゃべりをしていたわけではないけれども、彼らの歩く音はガサガサと結構うるさかったからだ。
 もう一度つかまるようなヘマはしない。音からあまり離れず、けれども姿を見とがめられるほどには近付かず、ルビーは彼らと平行に、山道を歩いた。
 背の高い草の群れは、彼女の姿を程よく隠してくれる。

 ほどなく山の中ほどの谷あいに、彼らが塔と呼んでいるものが見えてきた。
 人が住める建物かどうかも定かでない、古いモニュメントみたいな今にも崩れそうな塔だった。無数のツタが絡まり合いながら塔全体を覆っていて、入口のドアがどこにあるのかすらもわからない。 
「壊せ」
 塔を取り囲む人々に、"閣下"と呼ばれた男が号令をかけた。
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