碧い人魚の海

 16 伝えたい気持ち

16 伝えたい気持ち


 足音に振り向いたロクサムは、心底びっくりしたという顔になる。
「しっ、仕事は、いいの?」
 ロクサムは、ルビーがここにやってきたばかりの頃のようにおどおどとルビーを見た。
「慣れないと、たっ、大変なんじゃない?」

「失敗して叱られてばかりよ」
 ルビーは微笑んだ。
「でも、何もできずにいるよりずっといいわ。尻尾が足になって動けるようになったから、ロクサムの仕事を手伝おうと思ってたのに、自分が言いつけられた用事で今のところいっぱいいっぱい。でも、もっと手際よくこなせるようになったら、手伝いに来るね」

「とっ、とっ、とととっ、とんでもない」
 ロクサムはゴミを持った手をぶんぶんと横に振った。
「しっ、心配してたんだ。洗濯女が、あんたのこと、いじめてやる、って言ってたから」
「平気」
 思い当たる節が2、3なくはなかったが、どれも流せるようなささやかな嫌がらせでしかなかった。

 2日目、洗濯を干すやり方を教えるからついて来いと言われ、洗い上がった荷物をかごいっぱいに入れて運んでいるときに、足を引っ掛けられて転ばされ、洗濯のやり直しを余儀なくされた。自分から足を出したことは知らん顔で、なんて鈍臭い子なんだろうと、文句を言われ、叱られた。
 また、最初の日も、次の日も、その次の日も、衣類の洗い上がりにいちゃもんをつけられて、洗濯のやりなおしを何度も命ぜられた。どんなに気をつけて洗っても、洗濯女は必ずいちゃもんをつけてくる。
 しかしルビーが途中で舞姫に呼び出されて行ってしまうため、最後は結局洗濯女が洗う羽目になった。そうでなくとも、ここ見世物小屋での仕事はどれも忙しく、ルビーへの嫌がらせの度が過ぎれば仕事の効率は落ち、結果自分に跳ね返ってくるのだ。

「おいら、ひどい勘違いしてたんだ。尻尾がなくなって、あんたが苦労するとか思ってなかったから……」
「別に苦労なんかしてないわ。ただ、ロクサムと話せる時間が全然取れなくて、どうしようって思ってたけど」
「なんで人魚さ……人魚は、おいらなんかと、話したいの?」
 人魚さん。危うくそう言いかけて、ロクサムは言い直した。
「なんでって、ロクサムこそ、どうしてそんなこと聞くの? あたしたち友だちでしょ?」
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