碧い人魚の海

 18 ロクサムの苦悩

18 ロクサムの苦悩


 ロクサムが毎日世話をしていた人魚の少女は、ある日、見世物小屋の後援者の一人である貴婦人の夕食会に招かれていった。
 その日選ばれたメンバーは、少女の他には舞姫、ブランコ乗り、ナイフ投げの3人だった。
 3人とも一座の中では中心になる華やかな人たちで、ロクサムは近寄ったこともなければ口を利いたこともない。

 ブランコ乗りは以前から人魚の少女のことを気に入っている様子で、少女が大ホールの控室にいるときにはしょっちゅうそばに行って話しかけていた。また、少女が小さい方の小屋に見世物に出されているときも、ひまを見つけて足を運んでいるようだった。けれどもロクサムの見たところ、少女はニコリともせず、ブランコ乗りはいつもつっけんどんにあしらわれていた。

 ところが、そんな気難しい人魚の少女は、なぜか世話係のロクサムには意外なぐらい屈託なく打ち解けてきた。
 ロクサムは普段から馬や羊やゾウなどの動物にはやたら好かれる性質(たち)だったから、もしかすると少女は本質的に、人間というよりも動物に近いのかもしれなかった。
 身体の半分が魚だからなのか、あの少女には野生動物みたいなところがある。普通の人間と違って気位が高いのだ。

 ロクサムは醜い容姿のために、小さいときから人から敬遠されて育ってきた。
 馬鹿にして笑い物にするものたちもいれば、可哀想にと同情の目を向けてくる人もいた。反応はさまざまだったが、彼に対してどこか身構えてかかるという点では共通していた。
 一方、動物は人間と違って、人の容姿の良し悪しを気にしない。ロクサムの背中が不自然な形に曲がっていても、目がやぶにらみで変な顔をしていても、手足が短くて全体のバランスがおかしくても、動物たちには関係ない。嫌がったり気持ち悪がったりすることも、逆に過剰に同情したりすることもなく、自然に接してくれる。
 その代わり動物は、自分たちが正しく適切に扱われることを要求するのだ。彼らにとってのルールを守って真摯に接することができるならば、彼らとの信頼関係を築くことはそんなに難しいことではない。

 期せずして人魚の少女からの屈託のない信頼を得ることになり、戸惑っていたロクサムだったが、相手を気位の高い野生動物の一種だと思うことで、とりあえずは自分を納得させてきたのだった。
< 79 / 177 >

この作品をシェア

pagetop