碧い人魚の海
 閉じ込められた水槽は大ホールでの興行のときにつかわれる水槽で、高さがルビーの身長よりも高く、幅も奥行きも相当なものであったこと。それはどこかの職人に高額で特注してつくらせたガラス製であること。その日水は、何人もの男手によって水槽いっぱいになみなみと張られたこと。重い板で蓋をされてさらにその上から重しをのせられたこと。

 たくさんの人が集まって来て、好奇心いっぱいに水槽の中のルビーを見ていたこと。ルビーに対して座長がとても怒っていたこと。舞姫が座長に対して怒って首を絞めようとつかみかかっていったこと。ナイフ投げは舞姫を止めようとしていたこと。ルビーが溺れかけたとき、ブランコ乗りがやってきて、ナイフ投げと一緒にルビーを水槽から助け出してくれたこと。

 水槽の中で息ができなくなったときに、左足のアンクレットが何か作用したためであったような気がしたことについても、気がつけば話してしまっていた。
 なんでそんなことまで話しているのか、ルビーは自分でも不思議だったが、貴婦人の質問にイエスかノーで答えているうちに知らずその話になってしまっていたのだった。

 それを聞いた貴婦人は考え込む顔になった。
「そのアンクレット、あとで見せてね」
「どうしてですか?」
「知りたいことがあるのよ」
「アンクレットは外せません」
 ルビーがそう答えたら、即座に言われた。
「では、アンクレットを嵌めた脚を見せてちょうだい」

 それから貴婦人は話の続きを促した。
 ルビーは、ブランコ乗りが助けてくれたとき、彼が座長に対して半ば勢いでルビーに空中ブランコを教えると言い出したことを話した。後日訂正されて、教えるのはいいけれど舞台に出す許可は簡単には出せないと言われたことも話した。
 貴婦人がルビーを軽業師にしたいと本気で考えているのだとしたら、彼の決意はルビーの将来の展望への妨げとなる。本当なら真っ先に説明をしておかなければいけないことでもあった。

 ブランコ乗りに関する話となると、貴婦人は面白そうに目を輝かせて聞いていて、最後に言った。
「ではアーティは、あなたを空中ブランコのパートナーにするには、あなたが自由の身になることが条件だと言っているのね。それは大変だこと。人魚、あなたは自由をどうやって購(あがな)うつもりなの?」

「後出しの条件は無効だって、あたしは言いたかったんですけど」
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