誘惑して、キス
虫の鳴くような小さな声でそう言うと、先生は呆れたようにため息をつく。
「俺のいないところでは飲むよ、絶対に」
「……はい」
ゆっくりと体を起こす。
広いリビング。それに劣らないくらいの大きなテレビと機械音痴の私には到底扱うことが出来ないであろうオーディオ機器、そしてセンスのいいローテーブル。
その前に置かれているふかふかのソファに、私は寝かされていた。
……あぁ、またやってしまった。
こういったことは初めてではない。少しでもお酒を飲むと、すぐに酔ってしまう。そして人に散々絡んだ後に、深い眠りについてしまうのだ。
もう何回目だろうか。
「飲め」
差し出されたのは、ピンクのマグカップに入ったミネラルウォーター。
「……ありがとうございます」
この家に置かれるようになってからじき一年が経とうとしているそのマグカップを両手で包む。
ゆらゆら揺れるそれを一口飲むと、キンと冷えたそれが喉を潤した。
その心地よさに目を閉じると、すぐ横に立っている彼の声が降ってくる。
「俺シャワー浴びてくるから」
「えっ、」
マグカップを持ったまま彼を見上げると、私を見下ろす彼の視線と重なった。
「何だ」
「えっと、」
「お前も浴びたいかもしれないけど、我慢しろよ。まだ酒残ってるんだから危なっかしい」
「……はい」
小さく返事をすると、彼は納得したように一度頷く。そしてバスルームに向かうため私に背を向ける。
その瞬間に、髪をくしゃっと撫でられた。
私がこの撫でられかたが好きなことくらい、彼はもう知りつくしている。