I.K
☆☆☆
「いつか、君なら大丈夫」
 前日に降った大雪の影響で都内は、白一色だった。だからか、あの日最後に書いた手紙の一文をカヤは思い出した。結局会うことはなかった。会えないこともわかっていた。自分で決めたことなのだ。それも、彼はわかっていることだろう。結婚式前日に、カヤは何を考えているのだろう、と雪面をギシギシと踏みしめながら踏切の遮断機が上がるのを待つ。
「てかさ、今、『I.K』がいたっぽいんだけど」
「誰それ?」
「え、知らないの?ファンタジー作家で、素性が知れない謎の作家だよ。男か女かわからないんだよ」
「わからないのに、なんで、いたっぽいって言ったの?」
「情報って怖いね。うん。怖いよ。多数の情報筋によると、男らしい。それもすこぶるイケメン。顔写真が、さっき自販機で缶コーヒー買って人間に似てるんだよね」
「顔写真も出回ってるんだ」
「だから情報社会って怖いわけよ」
「ユイちゃんのが怖いよ。でも。『I.K』って不思議なペンネームだね」
「それも色々な憶測があるらしいけど、昔の恋人とか、初恋の人とか、飼ってたペットの名前とか。まあ、色々みたい」
「男って引きずるよね」
 制服を着た女生徒の話声がカヤの耳に届いた。
 そして、踏切の遮断機が上がった。ゆっくり、着実に。
 カヤは歩き出した。踏切を渡った数百メートル先が、新居である。携帯のマナーモードが振動しているのを感じたが、カヤは後にした。まずは踏切を渡らなければならない。
 前方、正確には右斜め前方から一人の男性が歩いているのをカヤは微かに感じた。いつもだったら気にもとめない。でも、微かに感じただけで不確かだが、ネイビーのマフラーを巻いていた。男性との距離が近づき、並列になったとき、男性もこちらをちらっと見た気がした。そのまますれ違い、踏切をカヤは渡った。もし、カヤが今振り向けば、あの男性も振り向くと思った。踏切の警報機の音が鳴っている。
それでも、カヤは振り向いた。
 電車が通過し、雪の足跡だけが残っていた。
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