恋のキッカケ
「高木、テキストカラー変更だってさ」
 デスクに着いた途端、同僚の安田が言ってきた。

「ええ、これでもう4回目なんだけど」
「しょうがないだろ。クライアントのご要望なんだから」
「うわ、選りにも選って面倒な所を」

 体の力が抜けた私はマウスパッドに顔を乗せた。安田は修正の入った三稿をキーボードの上に置いて「ま、頑張れよ」と言って去って行った。三稿にはクライアントの手書きの文字があった。

"この文字の色、やっぱり最初の黄色で"

 なんだ、これ。今すぐ怒りたい。この文字を書いた人間が目の前に居ないと分かっていても、怒りたい。そして怒鳴りたい。でも、できない。やり場のない怒りをぶちまけるため、テキストエディタを開いた。

『クライアント様、ご存知でしょうか。いや、知りませんよね。ちょっとの変更だと思っていますよね。テキストカラーを変えるのはマウスでクリックすれば、数秒で変更できると思っていますよね。違うんですよ。テキストカラーを一か所変えれば、他のイラストや背景のカラーを殆ど変えるんです。ぱっと見は分からない程度ですけど、バランスを見ながら微調整していくんですよ。それをやるのにどれだけの時間と労力と精神力を注ぐと思っているんですか。ぬああ~~~、おまえが1回作ってみろ!!!!』

 怒りを好き勝手に書いたら少し落ち着いた。テキストエディタを閉じて、深く息を吐きだした。

 私はグラフィックデザイナーをしている。主に広告のデザイン。好きで始めた仕事だけど、理不尽なことも多く何度も辞めたいと思った。でも、辞めるのも癪で、気がつけば七年もこの業界にいる。

 カレンダーを見ると、納期が迫っていることに改めて実感する。今日は徹夜かな、でも終電で帰りたいな。いや、終電で帰る。小さな誓いを胸に、鬼のような変更を始めた。
< 2 / 7 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop