最後の日
「また入院するのか?」

「ううん、通院はするけど自宅療養。まあしばらくのんびりするわ。彼氏がいたら寿退職にしてもらえたのになー」

 生憎とそんな相手はいない。五年前に当時の恋人と別れたきり、いつの間にか三十歳も越えていた。
 必死で働いてきた分多少の貯金はあるし、退職金と失業保険も出るから特に焦る必要はないのが幸いだ。

 右側のエレベーターの表示が段々と近づいてくる。相澤が何か言いかけた時、チンと音がして扉が開いた。幸い中には誰もいない。

「じゃあね、相澤。元気で」

 そう言いながら手を振って足元の紙袋を持とうとすると、相澤の手が伸びて来て先に紙袋を持った。

「タクシーで帰るんだろ。下まで送る」

 そう言ってそのまま先にエレベーターへと乗り込む。

「何だこれ、重っ」

 紙袋の重さに驚いた相澤が中を覗き込んでいる。
 仕事が残っているから直帰せずこんな時間にわざわざ帰社したんだろうに、全くお人好しだ。

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