本当は怖い愛とロマンス
自分の人生に土足で知らない人間に踏み入られた気分だった。
俺は車のドアを乱暴に閉めると、1人になった瞬間、握り閉めた拳でハンドルを何度も力任せにに殴りつけた。
行き場のない感情をただぶつけていた。

俺の車まで追いかけてきた江理を振り切ろとエンジンをかけ、ハンドルを右に回した瞬間、車の前に江里が飛び出してきて、急ブレーキをかける。
そして、涙を流しながら俺に言った。

「私を許さなくても…憎んでも嫌われてもいいです。私のした事は最低だったから。でも、私が知った本木さんの人生は、見たことのない本木さんの表情ばかりでした。キラキラした本木さんじゃない人間らしい本木さんが見えました。今の本木さんは、どうしたいんですか?何で、歌わないんですか?」

俺は、その言葉にハンドルから静かに手を離した。
感情を吐き出して、何かが全てが終わってしまったら…って考えると、俺は伝える事を辞めた。
自分の気持ちを表現する事を恐れて、やめてしまったんだ。
感情を抑えきれずに肩を震わせて泣いていた。
ただ何もない平凡な毎日の中で、俺は気づいてしまったんだ。
自分には自分の気持ちを誰かに伝える手段が音楽しかないということに。
音楽がない俺は何の価値もないただの男でしかないということにも。
そして、そんな毎日に少なからず、俺は虚しさや寂しささえ感じていたんだ。
何もない自分に向き合って初めて俺は、自分の価値に気づいた気がした。

「人間らしい?今の俺には何もない…他人に誇れるものも…何もないんだ。」

恵里奈が死んだあの日と同じ雨が降り出して、やがて雨が強くなる。
それでも江里はその場所から動かず、まるで俺の呟いた言葉を見透かしたみたいに言った。

「私の目に映る本木さんは、可能性に溢れてるんです!本木さんの私の考えたストーリーはまだ未完成なんです!私に教えてくれませんか?本当の結末を…。」

江理はそう言って、俺に満面の笑顔を見せた。
ずぶ濡れになっても笑う江理をみた時、俺は車の運転席から飛び出して、江理の腕を掴むと自分の胸に抱き寄せた。

「俺は雨が嫌いなんだ…いつも悲しい事が起きるのは雨の日だから…」

江理は抵抗もせず、震える声でそう言った俺に抱き寄せられたまま、何も言わずに受け入れていた。




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