本当は怖い愛とロマンス
「佳祐、何してる!やめろ!」

孝之が凄い勢いで、後ろから、俺の両腕をつかんでいた。
目の前には、痛みで顔を歪めた西岡の姿。
そして、そんな西岡を敵視するように恐い顔で睨みつける孝之。

「あーあ。これも仕事なのに参ったな。」

そう言って、西岡は、服の袖口で血が出た口元を軽く拭って、呆然と立ち尽くしたままの渚の方を見ると、言った。

「服、着なよ。いつまでも、そのままじゃ風邪ひくよ。」

「はい…」

「宇野君、悪いけどさ、彼女、トイレで着替えさせてあげてくれない?」

西岡の言葉に、孝之は、何も言わずに落ちていた渚の服を拾い上げると、渚をトイレに案内した。
そして、最後に持っていた服を渡して、ドアを閉めた。
立ち上がった西岡は、乱れた服を整えて、カウンターに座ると、横を指差して俺に無言で座るように促した。
お互いにカウンターに座ると、孝之は相変わらず、警戒した様子で西岡を睨みつけながらも、西岡と俺におしぼりを差し出した。

「あの、彼女、俺のちょっとした知り合いなんですよ。だから、その…こんな仕事してるの知らなくて。びっくりして、つい…感情的になってしまって、すいません。」

そう言って俺は、横にいた西岡に頭を下げた。
頭の中がひどく混乱し、まだ整理できていなかった。
でも、裸になった渚の痣を見た時、どうしようもなく、胸が痛んで、止めようのなかった怒りを、気づけば西岡にぶつけていた。
西岡は、おしぼりで傷口に滲む血を拭き取りながら、言った。

「だとしたら、謝らなくていいんじゃない?本木君の判断は、正常な男として、間違ってないよ。知ってる女の子のあんな姿見せられて、知らなかったなら、普通に黙って見てる方がおかしいよ。彼女って、本木君の恋人だったかなんかなの?あんな風に、本木君が怒ってるの初めて見たからさ。」

「まさか…俺は、西岡さんも知ってる通り、恋人なんかいませんよ。ましてや、本気で1人の女に入れ込むなんて、ありえないです。ただ、彼女の痣を見て、知らなかったから、なんか、身体が勝手に動いてて。」

西岡の言葉に、俺は、テーブルに手を置いて、冷静に話をしていた。

すると、孝之は、テーブルに出した俺の拳が少し赤くなっているのを見つけると、血相を変えて、店の氷を袋に詰め、手を掴んで、冷やし始めた。

「おい、孝之、別に大丈夫だよ。こんなのほっときゃ直るって。」

「馬鹿!お前、ミュージシャンだろ?手なんか怪我して、ギター、弾けなくなったら、どうすんだよ!」

孝之と俺のやりとりを黙って見ていて、突然、西岡が声をあげて笑い出した。

「どうしたんですか?西岡さん?」

不思議に思った俺は、笑いをこらえようと、下をむいた西岡に目をやる。

「いや、なんでもないよ。そうだ…今度、時間が空いたら、是非、宇野君と三人で飲みに行かないか?色々、話をしてみたいんだ。宇野君とも、是非仲良くなりたいしね。」

「俺は、休みの時間が合えば大丈夫ですよ。孝之も行くだろ?」

俺が孝之の方を向くと、笑っている西岡を睨みつけている孝之がいた。

「孝之?どうしたんだよ?失礼だろ。西岡さん、せっかく、気遣って、誘ってくれてるのに。」

「いや、本木君、いいんだよ。こんな事は、初めてじゃないさ。なんたって、俺はゲイだからね。宇野君とは、今度じっくり、店に来させてもらった時にでも、親交を深めておくからさ。」

そう言って、西岡は、鞄を肩から背負うと、渚の事務所に自分が話をつけに行くといって、店を出て行った。
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