本当は怖い愛とロマンス
西岡が出て行ったのを確認すると、孝之は、俺に言った。

「佳祐、どういう事だよ?さっきのあれは。」

そう言った孝之は、渚が入っているトイレに目をやる。

渚の顔を見て、そう言ったのは、解っていた。

俺は、今までの渚との経緯と西岡をなぜ殴ったのかという理由を孝之に打ち明けた。

すると、孝之は、大きなため息をつく。

「別に、佳祐が気にする事じゃねぇよ。それに、身体の傷、お前が責任感じる必要なんてないし、西岡とかいう奴、殴る必要なんてないだろ?全部、あの子の問題だ。それに、AVの面接にきたのだって、あの子が判断してきたかも知れないだろ?それに、手首の包帯だって、俺のただの憶測だし。」

「そんな事じゃないんだよ。俺は、ただ、身体が勝手に動いたんだよ。ほっとけなかったんだよ。」

「お前は、俺達とは違うんだ。ミュージシャンなんだ。それも、誰もが知ってるような有名なな。あんな素性も知らない子に同情してどうすんだよ?西岡がお前に掌かえしたら、女のゴシップとは比べものにならないんだぞ。お前、自分の人生、棒にふる気か?」

「そんなの解ってるよ。でも、身体が勝手に動いたから仕方ないって、何度も言ってるだろ!」

「確かに、可哀想な子だと思うよ。ほっとけない気持ちも解る。でも、お前、スーパーマンにでもなったつもりか?誰かれ構わず、優しさ振りまいて、全部、同情して、自分が助けてやれるとでも思ってんのか?それとも、死んだ渚と顔と名前が一緒だから特別なのか?いつまで、ひきづってんだよ。死んだ人間なんか。生きた亡霊みたいな女なんかに、惑わされてんじゃねぇよ。」

その孝之の表情は、俺に対しての怒りの表れでもあった。
きっと、孝之は、間違ってはいない。
確かに、俺は、死んだ渚と彼女を重ねて、俺は彼女にここまで感情移入した。
彼女が、全く別の女なら、こんなに感情を表に出す事はなかったのは明らかだった。


「ごめん…言い過ぎたな。」

孝之が、反省したようにそう言った瞬間、後ろからドアの開く音がして、服を着た渚が、立っていた。

もしかしたら、今の話を聞かれていたのかもしれないかと思うと、俺は、渚を変に刺激してはいけないと思い、優しくせずにはいられなかった。

「とりあえず、ここに座れよ。もう、西岡さんは、帰ったからさ。」

渚は、その言葉に、無表情で、俺の横に腰を下ろした。

「あのさ、俺、あんたの事、よく知らねぇけど、佳祐にお礼くらい言ったらどう?こいつ、あんたのために、あの西岡とかいう男、殴って、あんたの事守ったんだからさ。」

渚の態度が気に入らなかったようで、孝之が横からししゃりでて、冷たく、そう言い放った。

すると、渚は、孝之を逆に睨みつけて、あの初めて会った時の様に、男に食ってかかる攻撃的な強気な態度をとった。

「別に、頼んでません。むしろ、迷惑かけられたのは、こっちですよ。せっかく、貰えそうだった仕事、邪魔されたんだから。」

「佳祐!なんだよ。この生意気な女!なんでこんな女、助けてやったんだ?」

孝之は、その渚の態度と言葉にますます怒りを駆り立てられた様で、カウンターに座っていた渚に、掴みかかりそうな勢いだった。
そんな孝之を見つめる渚の手を見ると、微かに震えているのを見てしまう。
きっと、孝之がいった通り、死んだ渚と目の前にいる同性同名で顔がそっくりな彼女が俺の頭の中で確かに重なっているのは、はっきりと自覚はあった。
俺は、渚に近づくと、包帯が巻いてある腕を掴んだ。

「何するんですか!離して!」

渚は、震えながらも、もがいて、暴れて、抵抗する様に何度も俺の身体をもう片方の手で殴りつけた。
それでも、俺は、渚の腕を離さず、巻いてあった包帯を外した。
渚の手首には、孝之の言った通り、何度も手首を切った痕と真新しい切り傷。
それを見た時、渚は抵抗する事も無くなり、静かになると、俺は、そのまま、渚を胸に引き寄せ、抱きしめた。
彼女は、強い女なんかじゃない。
強く見せようとしてるだけだったんだ。
本当はとても弱くて、脆いから、誰にも気付かれないようにしていた。

「気付いてやれなくて、ごめん。」

そう言うと、咳を切ったように、渚は泣き始めた。
その時、渚が、初めて、本当の姿を俺に見せてくれたような気がした。
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