本当は怖い愛とロマンス
彼女を抱きしめた時、彼女からもう逃げられないと俺は悟る。

忘れる事が出来ず、ずっと想っていた渚の記憶を持つ恵里奈を見ると、どうしても冷たく突き放して、接する事が俺には出来なかった。

話している恵里奈を見ていると一つ一つの仕草や癖や嗜好がまるで死んだ渚にそっくりだった。

だから、失いたくないって気持ちが尚更彼女を見る度に強くなった。

俺は、恵里奈の手を握ると言った。

「行くぞ。病院へ俺と一緒に戻るぞ。」

恵里奈は、その言葉を聞くと急に取り乱し、強く俺の手を振り払った。

「行かない。病院に戻ると、私は渚さんじゃいれなくなる。きっと、この渚さんの記憶や感情は消えて無くなる。」

「馬鹿野郎!そんな事どうだっていいだろ?お前は手術を受けなきゃ死ねんだぞ。それでもいいのか?」

恵里奈は少し考えてから泣きながら答えた。

「渚さんと同じ気持ちを共有したままでいたいんです…ずっと、私は本木さんの事を好きなままでいたい!」

俺は泣き叫ぶ彼女を見て、言葉を呑み込むように唇にキスをした。

いろんな気持ちが頭を駆け巡った奈緒への気持ちや彼女への気持ち。
はっきりさせなければいけないとわかっていた。
誰かを傷つけ、周りに受け入れてもらえない事も。
現実じゃ考えられないおかしな事をしてるって解っていた。
でも、感情や頭で考えたって説明がつかない気持ちもある。
ただ、誰を傷つけても胸の奥から湧き上がる目の前にいる彼女を愛おしく思う、大切にしたいと思う感情。

「好きだ。」

初めて彼女に好きだという気持ちを解放した瞬間、俺は肩の荷が下りたみたいに力が抜けた。

ずっと言えなかった。
傷つきたくないと自分を守り、周りの誰かを傷つけるばかりで、いつの間にか自分が逃げる事で俺は傷つかない方法を探していた様に思う。

彼女から唇を離すと、再び彼女を強く抱きしめた。





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